松平直哉

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松平直哉
Matsudaira Naotoshi.jpg
時代 江戸時代後期(幕末) - 明治時代
生誕 嘉永元年2月29日1848年4月2日
死没 明治30年(1897年12月31日
改名 悦之進(幼名)、直哉
墓所 東京都港区虎ノ門天徳寺
官位 従五位下、主計頭
幕府 江戸幕府
出雲国母里藩
氏族 越前松平家
父母 父:松平直温、母:吉村氏
正室:堀田正睦の娘・道子
直敬(長男)、繁一郎浩二郎堀田正倫養子、離縁)

松平 直哉(まつだいら なおとし)は、出雲母里藩の第10代(最後)の藩主。直政系越前松平家母里藩分家10代。

嘉永元年(1848年)2月29日、第9代藩主・松平直温の長男として生まれる。安政3年(1856年)に父が死去したため家督を継いだ。元治元年(1864年)の第1次長州征伐に藩は消極的な立場をとった。後に幕府に懇願して10万石の格式を許されている。

明治2年(1869年)6月25日、版籍奉還により母里藩知事に任じられ、明治3年(1870年)の藩政改革では士族の帰農政策を推進したが失敗した。明治4年(1871年)7月15日、廃藩置県で藩知事を免職されて東京へ移ろうとしたが、領民の反対にあっている。明治17年(1884年)7月8日、華族令により子爵となった。

明治30年(1897年)12月31日に死去した。享年50。

日本の爵位
先代:
叙爵
子爵
母里松平家初代
1884年 - 1897年
次代:
松平直敬