松平直温 (母里藩主)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平直温
時代 江戸時代後期
生誕 文政13年3月24日1830年4月16日
死没 安政3年9月21日1856年10月19日
改名 誠之進・敬之進(幼名)、直温
戒名 一鏡院
墓所 東京都港区虎ノ門天徳寺
官位 従五位下、志摩
幕府 江戸幕府
出雲国母里藩
氏族 越前松平家
父母 父:松平斉孝、母:中西氏
養父:松平直興
兄弟 慶倫信道直温定安
正室:松平直興の長女、側室:吉村氏
直哉

松平 直温(まつだいら なおより)は、出雲母里藩の第9代藩主。直政系越前松平家母里藩分家9代。名は「なおはる」とも。

文政13年(1830年)3月24日、美作津山藩の第7代藩主松平斉孝の五男として生まれる。天保11年(1840年)4月26日、母里藩の第8代藩主松平直興婿養子となる。天保14年(1843年)9月13日、直興が病気により隠居したため家督を継いだ。

安政3年(1856年)9月21日に死去した。享年27。跡を長男の直哉が継いだ。