時の記念日

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戦前のポスター(台湾の歴史教科書『認識台湾』より)

時の記念日(ときのきねんび)は、日本記念日の1つ。毎年6月10日[1][2][3]日本で初めて時計(「漏刻」と呼ばれる水時計)による時の知らせが行われたことを記念して制定された[1][2][3][4]記念日ではあるが、国民の祝日に関する法律に規定された国民の祝日ではない。日本では6月に国民の祝日がないため、時の記念日を6月の国民の祝日にすべきとの意見も多いが、実現には至っていない[5]

制定の経緯と意義[編集]

大正時代、東京教育博物館(国立科学博物館の前身)は通俗教育(社会教育)を意識した様々な展示会を開催していた[4]。一連の展覧会が契機となって伊藤博文を会長とする生活改善同盟会が発足し、日常の生活改善の十項目として第一に「時間を正確に守ること」を掲げた[4]

1920年大正9年)、当時の文部省(現在の文部科学省に相当)が「時」展覧会を企画すると、生活改善同盟会はこれに賛同し出品の援助などを行った[4]。さらに展覧会の出品者には東京天文台(現在の国立天文台)、逓信博物館(現在の郵政博物館の前身)、海軍水路部、中央気象台(現在の気象庁)、東京帝国大学(現在の東京大学)、岸和田中学校(現在の大阪府立岸和田高等学校)など数十の団体や個人が加わって充実したものになった[4]

同年5月16日から「時」展覧会が東京教育博物館で開催されると、連日の大盛況で会期延長(同年7月4日まで)となり入場者22万人を動員するなど大きな反響となった[2][4]

この「時」展覧会の期間中に主催者間で提案されたのが「時の記念日」であり、『日本書紀』にある天智天皇10年(671年)年6月10日に日本で初めて時計(「漏刻」と呼ばれる水時計)による時の知らせが行われたとされる故事からこの日となった[1][2][3][4]

時の記念日の制定には、当時欧米の先進国から「日本人は時間の感覚に乏しい」とみられていたことから、時間に関心を持ち、規律正しく効率的な生活を習慣化する啓発の意味があったといわれている[4]

由来[編集]

『日本書紀』天智天皇十年四月辛卯条(天智天皇10年4月25日グレゴリオ暦671年6月10日))に[2][3]

置漏尅於新臺[1]。始打候時動鐘鼓[1]。始用漏尅。此漏尅者天皇爲皇太子時始親所製造也[6]云々。

(漏尅を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。始めて漏剋を用いる。此の漏剋は、天皇皇太子に爲(ましま)す時に、始めて親(みづか)ら製造(つく)りたまふ所なりと、云々(うんぬん)。

— 訳:坂本太郎家永三郎井上光貞大野晋校注『日本古典文学大系68 日本書紀 下』 岩波書店

とあり、日本初の時計を打った日が6月10日であることからこの日となった。なお、「漏尅」すなわち「漏刻」は水時計のことである。また、下記脚注のとおり、斉明天皇6年の条にも「漏尅」創設の記述があるが、天智天皇10年の記述との関係は不明である。前者には日付がないので、後者の日付が採用されたものと考えられている。

歴史[編集]

最初の時の記念日は1920年(大正9年)6月10日であった[2][3][4]。当日、東京では日本女子商業学校淑徳女学校東洋高等女学校千代田高等女学校東京家政女学校芝中学校の生徒、深川小学校夫人同窓会および東京少年団団員により、銀座日本橋日比谷上野浅草など10か所でビラ5万枚が配布された[4]。また、東京天文台の河合技師などの指導の下、天文台から標準時計(クロノメーター)を運び出して、浅草、上野、須田町、日本橋、銀座の5か所で、通行人に時計を合わせるよう促した(深川小学校婦人同窓会会員、芝中学校生徒、東京少年団団員が参加)[4]。正午には東京全市に大砲の砲声が鳴り、ニコライ堂の鐘など各所で正午の時報が鳴らされた[4]

1921年(大正10年)以降、20年以上にわたり同会を中心に全国各地で記念行事が行われ、外地台湾朝鮮京城大連などでも関連行事が実施された。

戦後は、時計の業界団体をはじめ各種の民間団体が関連行事を行っている。

1960年(昭和35年)6月10日には明石市立天文科学館が開館した[2][4]

行事[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e なら記紀・万葉 ドラマ日本書紀II 事始のものがたり 第2話~時計のはじまり~ - 奈良県
  2. ^ a b c d e f g h 「時の記念日」100周年 6月10日 明石市立天文科学館は60周年”. ラジトピ ラジオ関西トピックス (2020年6月9日). 2022年4月13日閲覧。
  3. ^ a b c d e “時の記念日100年の企画展 近江神宮時計宝物館”. 中日新聞Web. (2020年6月3日). https://www.chunichi.co.jp/article/66709 2022年4月13日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 時の記念日大研究”. 明石市立天文科学館. 2021年1月23日閲覧。
  5. ^ 「時の記念日」認知度調査 祝日に賛成は6割(61.5%) - シチズン時計
  6. ^ 日本書紀斉明天皇六年五月是月条(西暦660年)に「又皇太子初造漏尅。使民知時。」とある。
  7. ^ “「コロナ退散」 掛川城御殿で大太鼓の音、時刻む”. 中日新聞しずおかWeb. (2021年6月11日). オリジナルの2021年6月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210611003728/https://www.chunichi.co.jp/article/270483 2022年4月13日閲覧。 
  8. ^ 広報あかし 2021年(令和3年)6月1日号 (PDF)”. 明石市. p. 6 (2021年6月1日). 2022年4月13日閲覧。

参考文献[編集]

  • 時間にまつわることば”. トクする日本語. 日本放送協会 (2014年6月10日). 2014年6月10日閲覧。
  • 平出裕子「「時の記念日」の創設」(吉川弘文館『日本歴史』727号 2008年10月)
  • 平出裕子「生活の合理化運動」(吉川弘文館『日本歴史』770号 2012年7月)
  • 西本郁子『時間意識の近代~「時は金なり」の社会史』(法政大学出版局 2006年)
  • Computer clock

関連項目[編集]