大阪府立岸和田高等学校
| 大阪府立岸和田高等学校 | |
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北緯34度27分28.76秒 東経135度22分17.78秒 / 北緯34.4579889度 東経135.3716056度 | |
| 過去の名称 |
大阪府第六尋常中學校 大阪府第六中學校 大阪府岸和田中學校 大阪府立岸和田中學校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 設立年月日 | 1897年3月17日 |
| 創立記念日 | 5月17日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 文理学科 |
| 学科内専門コース |
文系スーパークラス 理系スーパークラス |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D127210000416 |
| 高校コード | 27183H |
| 所在地 |
〒596-0073 大阪府岸和田市岸城町10番1号 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
大阪府立岸和田高等学校(おおさかふりつ きしわだ こうとうがっこう、英: Osaka Prefectural Kishiwada High School)は、大阪府岸和田市岸城町にある公立の全日制文理学科高等学校。略称および通称は
概要
中学校令施行に伴い大阪府が明治後期に新設した旧制中学校5校の一つで、府内では6番目、泉南地域では初の中学校であった大阪府第六尋常中学校を前身校とする。大阪府教育委員会からグローバルリーダーズハイスクール(GLHS)に、文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されている。校地は旧岸和田城二の曲輪東側一帯を中心に、一部三の曲輪南東部にも及んでおり、校内から内堀を挟んで本丸に聳える天守を望むことができる。
岸高の特徴的な蔵書として、落合文庫という江戸後期から明治初期にかけての貴重な和漢書1582点がある。これは、旧制中学時の第五代校長を務めた落合保が中心となって収集したもので、『解体新書』や『学問のすゝめ』の初版などを含んでおり、2007年(平成19年)に岸和田市の有形文化財に指定されている。
また、校舎屋上に天体観測ドームを設置する、数少ない府立校の一つでもある。

スクール・ミッション
明治30年(1897年)創立の伝統校として、またグローバルリーダーズハイスクールとして、地域や社会の期待に応える、自信、誇り、高い志、チャレンジ精神を持ち、主体的に学び、たくましく生き抜く力を身につけ、リーダーとして未来を拓き、グローバルに活躍する人物を育成する [1]。
めざす学校像
学校創立125年を超える伝統ある本校の役割は、生徒や保護者・地域・社会の期待に応えるため、生徒の第一に希望する進路の実現を図るとともに、地域・社会に有為で未来を拓きグローバルに活躍するために求められる「確かな学力」と「幅広い資質・能力」、「豊かな感性」を育成することである。 そのため、「グローバルリーダーズハイスクール(GLHS)」、「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」としての責務のもと、生徒にとって有意義で充実した教育活動の展開を追求していく[2]。
育てたい生徒像
目標とする学校像
「すべての教育活動を通じ、生徒・教職員がともに、主体的な学びで成長する学校」をめざす[2]
スクール・ポリシー
グラデュエーション・ポリシー
- 高い志を持ちながら、自らの将来像について主体的に考えるとともに、チャレンジ精神と粘り強さを発揮し、主体的に学び、成長し、自らの進路を切り拓こうとする意欲と態度を育む。
- 知的好奇心と学習意欲を高めながら、幅広い教養と各教科の高い専門性を身に付けるとともに、これらを課題解決に活用することのできる思考力・判断力・表現力や情報活用能力などを育む。
- 他者と協働して取り組む力やリーダーシップを育むとともに、英語運用能力を高め、将来、リーダーとして地域社会や国際社会の発展に貢献しようとする意欲と態度を育む。
- 社会人としてのマナーを身に付け、自他の人権を尊重する人権感覚を醸成するとともに、多様な価値観を理解・受容し、他者を思いやることのできる豊かな人間性や社会性を育む[3]。
カリキュラム・ポリシー
- 大学・研究機関への訪問、各種講演や研修、実習などを実施することで、生徒が高い志を持ち、早い段階で自らがめざす将来像を描けるようにします。
- 「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善に努め、生徒が互いに学び合う学習活動などを取り入れながら、学びに向かう力や思考力・判断力・表現力などを育む。
- 大学や企業など外部との連携や地域との協働をすすめるなど、本校が実施する探究的な学習の充実を図ることで、課題発見・解決能力を育むとともに、社会に貢献しようとする意欲と態度を育む。
- グローバルリーダーズハイスクールとして、海外研修や国際交流プログラムなどを実施することで、国際的な視野を広げるとともに、コミュニケーション能力や英語による表現力を育む。
- 学校行事や自治会活動、部活動など、生徒が主体的に、かつ、共感・協働の気持ちを持って取り組める活動の充実を図ることで、生徒の豊かな人間性とリーダーとしての資質・能力を育む[3]。
アドミッション・ポリシー
本校は「グローバルリーダーズハイスクール(GLHS)」、「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」としての責務のもと、将来グローバルに活躍するリーダー及び科学技術人材の育成をめざし、生徒にとって有意義で充実した教育活動を展開している。チャレンジ精神に富み、高い志を持ち、主体的に学び、成長し、自らの進路を切り拓こうとする意欲のある生徒を求める。
- 自然科学及び人文・社会科学の領域を幅広く深く学ぶことで、バランスのとれた学問的素養や論理的思考力を身に付け、社会に貢献しようとする生徒
- 難関大学への進学を希望し、目標達成のため、最後まで諦めずに学業に取り組む覚悟のある生徒
- 英語運用能力を高めるための努力を惜しまず、価値観や文化の異なる人と協調して、将来、リーダーとしてグローバルに活躍する意欲のある生徒
- 自ら課題を発見し、その解決に向けて探究する学習に積極的に取り組み、その成果を発信する意欲のある生徒[3]
沿革
略歴
大阪府第六尋常中学校
1891年(明治24年)の改正中学校令[注釈 1]の施行を受け、大阪府では郡部に中学校3校を新設する計画を立てた。一方、5万3千石を有した岡部家の城下にあった南郡岸和田村も中学校設置誘致に名乗りを上げたか、中学校は泉北郡向井村[注釈 2]、中河内郡八尾村[注釈 3]、および三島郡茨木村[注釈 4]の3ヶ所への設置に決まった。岸和田村への中学校設置誘致は実現しなかったが、その後も岸和田村では誘致運動が続けられていた。
1896年8月には、改めて泉南郡岸和田村への中学校設置が求められ、泉北郡・泉南郡51か村の村長の連署で「尋常中学校設置願」が大阪府に提出された。同年12月には岸和田村に第六尋常中学校を設置する議案が大阪府会で可決されて、岸和田村の岸和田城廓内が校地に選定された。
1897年3月17日の大阪府告示第124号にて大阪府第六尋常中学校の設置が告示され、同年4月より開校準備事務を開始した。校舎新築工事は未だ開始もされておらず、岸和田城三の曲輪の北端[注釈 5]にあった泉南郡倶楽部を仮校舎としての開校となった。同年5月上旬には入学試験が実施され、5月17日より授業が開始された。
折しも、陸軍大演習が泉南郡において実施される事に伴い、1898年11月に明治天皇が泉南郡に行幸することとなった。行幸の際の明治天皇の休憩所として校舎を一時転用する為に、大阪府は先送りにしていた校舎新築工事を急きょ進めた。開校から1年後の1898年5月、現在地でもある、二の曲輪の南東部、家老中家屋敷跡地に校舎がようやく完成し、三の曲輪の泉南郡倶楽部から移転した。
大阪府立岸和田中学校
1901年3月の中学校令施行規則を受け、大阪府立の旧制中学校では従来の設置順の番号名称をやめ、同年4月に所在地名を冠した名称に改称することとなり、それに伴って大阪府岸和田中学校に改称した。
しかし、改称直後に出された文部省令第11号[注釈 6]を受けて、大阪府内の中学校・高等女学校では、同年6月に「大阪府」から「大阪府立」に再び改称することとなった。それに伴い、大阪府立岸和田中学校に再改称した。
1934年(昭和9年)9月21日の室戸台風では木造校舎1棟が倒壊した。倒壊した校舎の下敷きとなり、生徒3人が死亡[4]21人が重軽傷を負った。災害後バラックの仮校舎を建てて復旧したのち、1935年により鉄筋コンクリート校舎建築に着手した。鉄筋コンクリート校舎は1938年に完成し、白色の建物だったため関係者からは当時「白亜の殿堂」と形容された[5](当時の校舎は建て替えのため現存せず)。
なお室戸台風からの災害復旧の際、岸和田市は「岸和田市南上町に2万坪の敷地を提供するから移転の上で復旧・改築してはどうか。従来の学校敷地は市民公園や小学校に充てたい」という構想を学校側に持ちかけたが、具体化はしなかった。
1944年には太平洋戦争の戦局悪化のため勤労動員も実施され、3年生以上の生徒が泉州地域の工場に動員されている。また1-2年生生徒についても校庭や郊外農園などの開墾にかり出された。また鉄筋コンクリート校舎は「白色は目立つため空襲時の攻撃目標になる」として、コールタールによる迷彩柄の塗装が施された。校舎の迷彩柄は、学校予算の関係で終戦直後には消せず、1952年になって白色に復旧した。
大阪府立岸和田高等学校
学制改革により1947年に併設中学校を過渡的に設置し、旧制中学校2・3年を新制中学校へと移行した。続いて1948年には新制高等学校・大阪府立岸和田高等学校に改組した。
学制改革の際、近隣校との生徒交流で男女共学にすることが指示されていた。泉南地域では、岸和田中学校1校に対し高等女学校などが5校あり、6校での生徒交流の形がとられることになった。このため岸和田市立高等女学校・貝塚市立高等女学校・泉南郡女子農芸学校の3校の生徒を大阪府立岸和田高等女学校・大阪府立佐野高等女学校の2校へ編入させる形で廃校としたうえで、新制高校を大阪府立和泉高等学校(岸和田高等女学校)・大阪府立佐野高等学校(佐野高等女学校)および大阪府立岸和田高等学校(岸和田中学校)の3校に整理して男女生徒の交流をおこなった。また教職員についても、3校間で交流をおこなっている。
岸和田高等学校では和泉・佐野の両校から女子生徒を迎え、また両校へ男子生徒を送り出している。岸和田高等学校では交流対象者は主に生徒の住所によって決められた。和泉高校移籍者は主に貝塚市以北在住者から、また佐野高校移籍者は主に泉佐野市・熊取村以南在住者から選ばれた。
大阪府内の他校と比較すると円滑に生徒交流作業が進み[5]、1948年4月19日に新制大阪府立岸和田高等学校が発足した。学校名称については、同名の旧制岸和田高等女学校(和泉高校)が「岸和田」の名称を使わないことを決めたため、旧制岸和田中学校の名称をそのまま引き継いだ。
新制高等学校に改組されて以来、長らく普通科高校であったが、2004年度より1年次に特進ゼミ(定員80名)を設置し、2006年度よりコース制を導入した[注釈 7]。
2011年度より専門教育を主とする学科として文理学科が併置されて、複数学科併置校となった。また、大阪府教育委員会から進学指導特色校に、文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定された。
2018年度より、普通科を文理学科に転換して、複数学科併置校から文理学科を単独設置する専門高校に改組した。また、特進ゼミを「岸高スーパー」講習に改編し、国際的人材育成コースを文系スーパークラスに、理数専門コース(愛称:理系スーパー)を理系スーパークラスに改編した。
年表
- 1897年(明治30年)
- 1899年4月1日 - 大阪府第六中学校と改称
- 1901年か** 4月1日 - 大阪府か和田中学校と改称
- 6月3日 - 大阪府立岸和田中学校と改称
- 1938年(昭和13年)1月7日 - 校舎を新校舎(鉄筋コンクリート3階建)に移す
- 1947年4月1日 - 第1学年は募集せず、第2・3学年は新制中学校として併設
- 1948年
- 1949年
- 1966年7月20日 - プール竣工
- 1967年10月20日 - 同窓会館・生徒食堂竣工(旧保健室解体)
- 1971年1月22日 - 既設同窓会館2階屋上に図書室増築(鉄筋コンクリート)
- 1975年5月31日 - 体育館竣工(鉄筋コンクリート3階建)。第2運動場整備
- 1983年2月28日 - 東棟竣工(鉄筋コンクリート4階建)
- 1989年4月1日 - 36学級定員1,728名。最高の収容人員となる
- 1991年(平成3年)3月28日 - セミナーハウス竣工(鉄骨2階建)
- 1996年4月1日 - 第1学年定員360名となる
- 1997年
- 1999年3月 - 校舎改築第1期工事竣工
- 2003年
- - エル・ハイスクールに指定
- 3月 - 校舎改築第2期工事竣工
- 2007年 - 本校所蔵の「落合文庫」が岸和田市有形文化財に指定
- 2011年4月 - 大阪府より「進学指導特色校(GLHS、グローバル・リーダーズ・ハイスクール)」指定、および文部科学省より「スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)」指定
- 2018年4月 この年より文理学科のみに改組する[6]
基礎データ
所在地
アクセス
象徴
校章

1948年、「岸」を表す「真砂」のモチーフを中央に、大阪府下の高校で最も海に近い岸和田を表象する「波」のモチーフをHigh schoolの頭文字であるHの型に組み合わせて、「高」の文字を中央に重ねたものが、校章に制定された[7]。
校歌
校歌は、有岡恭助による作詞で、保田正による作曲。3番まであり、校名は登場しない[7]。
制服
2022年、従来の制服が、岸高卒業生であるコシノジュンコによるデザインの制服に改定され、2023年度入学生より着用が開始された[8]。
設置する課程、学科及び定員
入学者選抜
「一般入学者選抜(全日制の課程)」が実施され、また、合格者数が募集人員に満たない場合は「二次入学者選抜」が実施される。入学者は、学力検査の成績に調査書の評定を加えた総合点により選抜された者が、校長により決定される。
総合点を算出するにあたって、「学力検査問題の種類並びに学力検査の成績及び調査書の評定にかける倍率のタイプ」はⅠであり、学力検査の満点は630点、 調査書の満点は270点とし、総合点の満点は900点となる。
また、学力検査における問題の種類については、国語、英語、ならびに数学は「発展的問題(C)」が選択されており、英語のリスニングテストの配点は約33%(3分の1)とされる。
特別活動
学校行事
宿泊を伴うオリエンテーションは無い。水泳大会や水泳合宿といった夏季の体育行事も無い。また冬季の体育行事としては、耐寒登山やマラソン大会は無いが、球技大会は行われている。文化行事としては、芸術選択科目の作品展示会・発表会や百人一首大会、予餞会は無いが、芸術鑑賞会と合唱コンクールは行われている。
- 1学期
- 4月 - 入学式、進路希望調査、台湾姉妹校来校
- 5月 - 校外学習、情報リテラシー講演会
- 6月 - 文化祭
- 7月 - 期末考査、交通安全教室、探究スタディツアー、イギリス研修、GLHS合同海外研修
- 8月 - 生物フィールドワーク、東京方面大学ツアー、グローバルリーダー養成プログラム[校内版]、SSH生徒研究発表会、大学出張講義
- 2学期
- 9月 - 進路希望調査、文理課題研究中間発表会、科学の甲子園基礎実験講座
- 10月 - 中間考査、OB・OG講演会、大阪サイエンスデイ第1部、海外修学旅行、科学の甲子園
- 11月 - 大阪大学ツアー、合唱コンクール
- 12月 - 期末考査、クラスマッチ、京都大学キャンパスガイド
- 3学期
部活動
運動系クラブは20、文化系クラブは26(内、同好会2)あり、クラブ数は46で、大阪府内の公立高校で最多である。
運動系クラブ
文化系クラブ
高校関係者と組織
高校関係者組織
- 大阪府立岸和田高等学校学校運営協議会 - 保護者、地域住民、校長、関係行政機関の職員の中から委嘱された委員による機関。学校運営及び当該運営への必要な支援に関して協議する。
- 大阪府立岸和田高等学校PTA - 生徒保護者と教員による父母と教師の会(PTA)組織で、会員は入会金及び年会費を納入する。
- 大阪府立高等学校PTA協議会 - 大阪府教育庁に近接する大阪市中央区糸屋町に事務局を置くPTA協議会。大阪府立岸和田高等学校PTAの会員をもって会員とし、会員は単位PTA分担金として会費を納入する。
- 大阪府立岸和田高等学校同窓会 - 前身学校を含む卒業生による同窓会組織。事務局を校地内に所在する同窓会館「黎明館」に置く。
高校関係者一覧
著名な出身者
- 政治(立法・行政)
- 岸本義広 - 元衆議院議員。東京高等検察庁検事長(岸中14期)
- 坂本吉弘 - 元通商産業審議官(9期)
- 野口聖 - 元岸和田市長(12期)
- 宮本岳志 - 衆議院議員(日本共産党)、元参議院議員(30期)
- 行松泰弘 - 文部科学省大臣官房サイバーセキュリティ・政策立案総括審議官(36期)
- 宗教
- 経済・実業
- マスメディア
- 伊藤由紀子 - 元NHKアナウンサー(39期)
- 江弘毅 - 編集者、前 京阪神エルマガジン社 Meets Regional編集長(29期)
- 大野聡美 - 朝日放送テレビ報道記者(元アナウンサー)(61期)
- 加田晶子 - フリーアナウンサー(59期)
- 中野伸二 - テレビプロデューサー(36期)
- 学術
- 文学・芸術
- 舞台芸術・芸能
- スポーツ
著名な関係者
対外関係
海外姉妹校
台北市立景美女子高級中学 - 2013年10月25日、姉妹校提携締結。中華民国台湾台北市文山区にある公立高校。毎年4月に同校を迎え入れ、毎年10月に海外修学旅行の一環として訪問し、国際交流活動を実施する。2008年度より交流活動を開始し、2010年度より相互交流を開始した。2024年度より交流活動を再開。
脚注
注釈
- ^ 各府県に1校と決められていた中学校の設置について、府県内に複数の中学校を開設することが可能となった。
- ^ 現在の大阪府立三国丘高等学校。
- ^ 現在の大阪府立八尾高等学校。
- ^ 現在の大阪府立茨木高等学校。
- ^ 現在の市役所来庁者用駐車場付近。
- ^ 中学校・高等女学校の名称について設置者の名称を冠することとし、またその規則に沿っていない学校名については速やかに変更するよう指示した。
- ^ 2年次・3年次は、国際的人材育成コース(愛称:文系スーパー)1学級、理数専門コース(愛称:理系スーパー)1学級、一般総合コース6学級の3コースに改編した
出典
- ^ 大阪府. “府立高等学校スクール・ミッション一覧” (PDF). 大阪府ホームページ. 大阪府. p. 1. 2025年11月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月5日閲覧。
- ^ a b c “令和7年度 学校経営計画及び学校評価” (PDF). 大阪府立岸和田高等学校. 大阪府立岸和田高等学校. p. 1. 2025年11月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月14日閲覧。
- ^ a b c 大阪府. “府立高等学校スクール・ポリシー一覧〈泉北・泉南エリア〉” (PDF). 大阪府ホームページ. 大阪府. p. 1. 2025年11月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月5日閲覧。
- ^ 高潮の阪神沿道で三百人行方不明『大阪毎日新聞』昭和9年9月22日号外(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p330 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- ^ a b 『岸和田高等学校の第一世紀』1997年。
- ^ “学校紹介”. 大阪府立岸和田高等学校. 大阪府立岸和田高等学校. 2025年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月25日閲覧。
- ^ a b “学校概要”. 大阪府立岸和田高等学校同窓会. 大阪府立岸和田高等学校同窓会. 2025年11月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月14日閲覧。
- ^ “学校生活”. 大阪府立岸和田高等学校. 大阪府立岸和田高等学校. 2025年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月14日閲覧。
- ^ a b “自治会・部活動”. 大阪府立岸和田高等学校. 大阪府立岸和田高等学校. 2025年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月14日閲覧。
参考文献
- 大阪府立岸和田高等学校 校史編纂委員会『岸和田高等学校の第一世紀』1997年。
- 大阪府立岸和田高等学校
関連項目
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 大阪府立岸和田高等学校【公式】 (@kishiko_info) - Instagram
- 岸高SSH探究Instagram|大阪府立岸和田高等学校 (@kishiwada.tankyu) - Instagram
- 岸高SSH探究YouTube【大阪府立岸和田高等学校】 - YouTubeチャンネル
