昭和飛行機工業

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昭和飛行機工業株式会社
Showa Aircraft Industry Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証2部 7404
1961年10月2日上場
略称 SAIC
本社所在地 日本の旗 日本
196-8522
東京都昭島市田中町600番地
設立 1937年昭和12年)6月5日
業種 輸送用機器
法人番号 8012801007000
事業内容 特装車航空機内装備品など
代表者 田沼 千明(代表取締役社長)
資本金 49億4981万2千円
発行済株式総数 3360万6132株
売上高 連結:240億65百万円
単独:170億10百万円
(2015年3月期)
営業利益 連結:19億56百万円
単独:18億28百万円
(2015年3月期)
純利益 連結:9億79百万円
単独:9億22百万円
(2015年3月期)
純資産 連結:335億76百万円
単独:338億27百万円
(2015年3月31日現在)
総資産 連結:676億00百万円
単独:658億77百万円
(2015年3月31日現在)
従業員数 連結:767名 単独:387名
(2015年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 三井造船(株) 48.33%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)三井住友信託銀行再信託分・三井造船(株)退職給付信託口) 15.27%
(2015年3月31日現在)
主要子会社 アーバンリゾーツ昭和の森(株) 100%
(株)メトス 100%
外部リンク http://www.showa-aircraft.co.jp/
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昭和飛行機工業株式会社(しょうわひこうきこうぎょう)は、機械メーカー三井造船の連結子会社。

概要[編集]

社名の航空機内装備品のみならず、タンクローリーバルク車などの特装車給食カートや介護入浴装置などのライフサポート機器、ハニカム構造の複合材などを手掛ける。

沿革[編集]

  • 1937年昭和12年)6月 - 会社設立。
  • 1938年(昭和13年)3月 - 東京製作所(東京都昭島市田中町所在)においてDC-3零式輸送機)の製造を開始。
  • 1955年(昭和30年)6月 - 大神作業所において特殊車両(タンクローリー、特殊トレーラー)製造を開始。
  • 1960年(昭和35年)1月 - ヘキセル社からハニカムの技術援助契約締結
  • 1961年(昭和36年)10月 - 東京証券取引所第二部上場
  • 1969年(昭和44年)8月 - 米軍接収施設の飛行場地域全面返還、跡地にゴルフ場を開設。
  • 1984年(昭和59年)4月 - 昭島駅北口前に大型ショッピングセンター「モリタウン」開設
  • 1997年平成9年)4月 - 米国シアトルの駐在員事務所を法人化し、Showa Aircraft U.S.A. Inc.を設立
  • 2006年(平成18年)10月 - 本店所在地を昭島市に移転
  • 2014年(平成26年)3月 - 三井造船が実施した株式公開買付けの結果、同社の連結子会社となる。

歴史[編集]

創業 - 輸送機DC-3のライセンス生産[編集]

1937年昭和12年)6月5日、元、三井合名理事長團琢磨の長女「めい」の夫である牧田環(初代社長、三井鉱山会長等も歴任。工学博士)の尽力により昭和飛行機工業株式会社が設立される。牧田環は、現在の四條畷学園小学校・中学校・高等学校の創立者、牧田宗太郎の弟であり、牧田宗太郎と日本簡易火災保険(現在の富士火災)の初代社長である井上幸治郎は親交が深かったため、牧田環は、四條畷学園や日本簡易火災保険の設立、その後において色々な影響を及ぼした。

当時の日本航空機業界は、すでに欧米に匹敵する優秀な軍用航空機を製作していたため、昭和飛行機はこれを追従するのではなく、日本が立ち遅れていた輸送機の製作こそが使命と捉え、当時のベストセラー機であったダグラスDC-3に目を付け、その国産化(ライセンス生産)を目指すこととなった。

航空機を製造するあたり、飛行場を併設した工場が必要であり、それには広大な土地が必要だった。検討した結果、北多摩郡昭和町、拝島村(以上現昭島市)、砂川村(現:立川市)の3町村にまたがる土地に、航空機製造工場である東京製作所を作ることを決め、工場および飛行場の建設に着手し、1938年昭和13年)に稼働を始めた。稼働開始に合わせて、通勤者の便に配慮して、青梅線に新駅の開設の認可をもらい、昭和飛行機が駅舎用地を提供、建設費を一部負担して、昭和前駅(現:昭島駅)が開設された。

工場は稼働したものの、DC-3の国産化には困難を極め、実現に3年の月日を費やすこととなる。DC-3国産化に成功し、順調に量産化を始めた頃、太平洋戦争が勃発する。1940年昭和15年)には、日本海軍にDC-3を零式輸送機として制式採用されたことにより、終戦までに430機のDC-3/零式輸送機を製造した。戦時中には他にも、愛知航空機(現:愛知機械工業)の九九式艦上爆撃機や、川西航空機(現:新明和工業)の紫電改などもライセンス生産した。

戦後 - 航空機事業との関わり[編集]

1945年昭和20年)の敗戦とGHQ占領により、航空機事業が禁止され、この間に会社存続をかけて事業の多角化を図ることとなる。占領終結後の1957年昭和32年)から始まった民間輸送機YS-11、続くC-1計画にも参加し、分担生産を行った。現在開発中のC-2輸送機P-1哨戒機でも分担生産に参加している。

現在 - 航空機以外に注力[編集]

現在、航空機事業は主力ではなく、特殊車両(タンクローリーなど)やライフサポート機器、ハニカム構造体などの製造が中心である。

また、工場跡の広大な敷地を活用した不動産事業やレジャー事業にも積極的で、昭島駅前の大型ショッピングセンター「モリタウン」のほか、「フォレスト・イン昭和館」、「ホテルS&Sモリタウン」、「昭和の森ゴルフコース」、「昭和の森テニスセンター」、「フィットネスクラブ・フォーラス」などのホテルやレジャー施設を運営している。

2015年3月には、モリパーク・アウトドアビレッジを開業した[1]

関連会社[編集]

  • 昭和飛行機テクノサービス株式会社
  • 昭和飛行機ビジネスコンサルタント株式会社
  • 昭和の森エリアサービス株式会社
  • 昭和の森綜合サービス株式会社
  • アーバンリゾーツ昭和の森株式会社
  • ハーレーダビッドソン昭和の森株式会社
  • 株式会社メトス
  • SHOWA AIRCRAFT USA INC.

脚注[編集]

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外部リンク[編集]