広島の犠牲者に捧げる哀歌

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広島の犠牲者に捧げる哀歌(ひろしまのぎせいしゃにささげるあいか、ポーランド語: Tren ofiarom Hiroszimy)は、クシシュトフ・ペンデレツキ(1933年-)が1960年に作曲した52の弦楽器群による弦楽合奏曲。1960年にカトヴィツェで開催されたグジェゴシュ・フィテルベルク作曲家コンクール英語版で次々点を獲得し、1961年にはインターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズを受賞している[1][2]

概要[編集]

曲に記載された演奏時間はおよそ8分37秒である[3][4]。元々「8分37秒」という名で作られたこの曲は音響作曲法を曲頭から最後まで用いている。音響作曲法では、より自由な形式とともに厳格な対位旋律を生み出そうと、音色・テクスチャア・アーティキュレーション・音の強弱・旋律進行といった曲の特徴に着目することが多い。「やや抽象的な想像の中のみに曲が存在していた」が、実際の演奏を聴くと「作品の情緒的な迫力に感銘を受けた。連想される事柄を探し求め、最終的には曲を広島の原爆犠牲者に捧げることにした。」とペンデレツキは後に述べている。しばしば荘厳で悲劇的な印象を与えるため、哀歌英語版に分類されている[5]。更にペンデレツキは1964年10月12日に「広島の犠牲者を決して忘れまいという私の強い信念を哀歌で表現しよう」と記しているがこれは作曲後の話である。ポーランド国立交響楽団の日本初演にあたり松下眞一のアドバイスで現在のような標題に落ち着いたとも言われている[6]1994年にペンデレツキは広島交響楽団を自ら指揮して広島初演を果たした[7]。哀歌と題されてはいるが反戦メッセージとして作曲当初から構想されたわけでは全くない。

曲中52の弦楽器を用いて、音響作曲法の最も典型的なパターンを用いて作曲している[8]。評論家の Paul Griffiths によれば、「弦楽オーケストラとしては恐ろしすぎる曲の成り行きに触れることを選び不安を感じる」ような演奏と評している[9]。オーケストラの編成は、24のヴァイオリン(4セクション)、10のヴィオラ(2セクション)、10のチェロ(2セクション)、8のコントラバス(2セクション)からなる。曲はトーン・クラスターをはじめとした様々な技法により構成されており、それらは重厚な黒線に満ちた視覚的表現と良く合致している[10]。 また、音の長さは最後を除いては音価を書いていないのでかなりの不確定要素があるものの、秒数は指示されているので大きく逸れることはない。八村義夫は著書ラ・フォリア[11]の中で「実はこれは前衛的のようで、とても古典的な音楽である」と喝破したことで話題となった。トーンクラスターは必然的に黒い帯で表示されるため、羊羹のような外観になる。

使用例[編集]

映像作品では、その抜粋曲が『トゥモロー・ワールド』(アルフォンソ・キュアロン、2006年)[12][13]、『壁の中に誰かがいる』(ウェス・クレイヴン、1991年)[14][15]、 『ツイン・ピークス』(デヴィッド・リンチ 、2017年)[16][17]といった作品の中で使われている。また自作自演の演奏もライブ、スタジオ等豊富に残されている。音楽作品としては、マニック・ストリート・プリーチャーズの1991年の作品"セバスティアン英語版"の特定の版[18]セバスティアン英語版 の2010年リリースの作品"Bird Games"[19]の中で使用されている。グンナー・ヨハンセンのアメリカデビューの際に彼はベートーヴェンのピアノ協奏曲ニ長調を演奏したが、その定期演奏会の冒頭で演奏されたのがこの作品である。[20]

最も簡単に入手できるのは、Emi ClassicsのMatrix 5 - Krzysztof Pendereckiであり、即日通販サイトより購入できる。この作品が注目されているのは「反戦」エピソードに依る点以外に、次の重要な事象がある。それは当時セリー技法の行き詰まりを模索していた当時に音響作曲法がペンデレツキ、グレツキ、シャローネクなど一連のポーランドの作曲家達によって次々と提唱された。セリー技法が音響作曲法や郡作法に取って代わられた大きな局面を示すものとして、よく大学あるいは高校の教材として使われる。最も引用されるのは、1オクターブの24のピッチ(四分の一音をすべて使うため12✕2=24)がすべて鳴り響く曲の一番最後の完全トーンクラスターである。[21]

脚注[編集]

  1. ^ Hiemenz, Jack (1977年2月27日). “A Composer Praises God as One Who Lives in Darkness”. The New York Times (NYTimes Co.) (Vol. 126, No. 43,499). https://www.nytimes.com/1977/02/27/archives/a-composer-praises-god-as-one-who-lives-in-darkness-penderecki-a.html 2017年3月18日閲覧。 
  2. ^ Oficjalna strona Krzysztofa Pendereckiego [en]” (en). 2014年11月12日閲覧。
  3. ^ "Ofiarom Hiroszimy: Tren: Na 52 Instrumenty Smyczkowe = To The Victims of Hiroshima: Threnody: For 52 Stringed Instruments" (Sheet Music)”. Warszawa: Polskie Wydawn. Muzyczne (1961年). 2017年7月2日閲覧。
  4. ^ Palisca, Claude V.; Burkholder, J. Peter (1996). Norton Anthology of Western Music (3rd ed.). New York: W.W. Norton. p. 637. ISBN 9780393969061. OCLC 439757621. 
  5. ^ Kovalenko, Susan Chaffins (1971年). The Twentieth-Century Requiem: An Emerging Concept (Ph.D. thesis). St. Louis, MO: Washington University in St. Louis.. p. 4. Document No.302545568. https://search.proquest.com/docview/302545568 
  6. ^ あのモーツァルトも 今こそ学ぼう、偽作音楽史|アート&レビュー|NIKKEI STYLE”. Nikkei Style. 2017年11月8日閲覧。
  7. ^ 第149回定期演奏会のチラシおよびプログラムノートより
  8. ^ Modern Music and After 第三版、ポール・グリフィス、オックスフォード大学出版局
  9. ^ Griffiths, Paul (1976). “Review of Threnody to the Victims of Hiroshima, Penderecki, K.”. The Musical Times 117 (1605): 915. doi:10.2307/958398. JSTOR 958398. https://doi.org/10.2307/958398. 
  10. ^ Kozak, Mariusz (1 February 2017). “Experiencing Structure in Penderecki’s Threnody: Analysis, Ear-Training, and Musical Understanding”. Music Theory Spectrum 38 (2): 200–217. doi:10.1093/mts/mtw015. ISSN 0195-6167. https://doi.org/10.1093/mts/mtw015. 
  11. ^ 単行本: 331ページ出版社: 草思社 (1986/06)言語: 日本語ISBN-13: 978-4794202475
  12. ^ Pappademas, Alex (9 March 2012), Radiohead’s Runaway Guitarist, The New York Times, https://www.nytimes.com/2012/03/11/magazine/jonny-greenwood-radioheads-runaway-guitarist.html 2014年7月16日閲覧。 
  13. ^ Doherty, Mike (13 March 2012), Album Reviews: Jonny Greenwood and David Byrne meet their heroes, National Post (Canada), http://arts.nationalpost.com/2012/03/13/album-reviews-jonny-greenwood-and-david-byrne-meet-their-heroes/ 2014年7月16日閲覧。 
  14. ^ Classical Music in Movies : P - Classical Soundtrack and Classical Background Music.”. 2017年2月17日閲覧。
  15. ^ Muir, John Kenneth (1998) (英語). Wes Craven: The Art of Horror. Jefferson: McFarland. p. 161. ISBN 9780786419234. OCLC 66655309. https://books.google.com/books?id=5u-i03aazJwC&lpg=PP1&pg=PA161#v=onepage&q=threnody&f=false. 
  16. ^ Murray, Noel (2017年6月26日). “‘Twin Peaks’ Season 3, Episode 8: White Light White Heat”. The New York Times (NYTimes Co.). https://www.nytimes.com/2017/06/26/arts/television/twin-peaks-season-3-episode-8-recap.html 2017年6月29日閲覧。 
  17. ^ Last Night's Terrifying 'Twin Peaks' Will Be Remembered as One of the Best Episodes of Television Ever” (en) (2017年6月26日). 2017年6月29日閲覧。
  18. ^ Power, Martin (2012). Nailed to History: The Story of the Manic Street Preachers. London: Omnibus. ISBN 9781780381480. https://books.google.com/books?id=_jYDAwAAQBAJ&q=threnody#v=onepage&q=threnody&f=false. 
  19. ^ SebastiAn (Producer)'s 'Bird Games (Interlude)' - Discover the Sample Source”. 2017年5月5日閲覧。
  20. ^ グンナー・ヨハンセンプレイズブゾーニ、とじ込みピアニスト解説から。
  21. ^ 間宮芳生・現代音楽の冒険 - 岩波新書

関連文献[編集]

関連項目[編集]