川崎八右衛門 (2代目)

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米国留学時の八右衛門(右から2人目)。幼名は金三郎だが、滞米中は川崎金二郎と名乗っていた。左端は岩崎清七、その隣に大三輪奈良太郎(名古屋明治銀行頭取[1][2])、右端は木村利右衛門。この頃に親しくした郷温の妹とのちに結婚した

2代目川崎 八右衛門(かわさき はちえもん、慶応2年4月5日[3]1866年5月19日) - 昭和22年(1947年))は、日本実業家初代川崎八右衛門、世舞子夫妻の次男[3]。金三郎[3]とも名乗った。川崎守之助の父。妻、幸子(こうこ)は、郷純造の娘。東京川崎財閥第2代目当主。

来歴・人物[編集]

親族[編集]

  • 父・初代川崎八右衛門
  • 母・せん(1835年生) - 東京士族・加倉井淡路二女[5]
  • 妻・幸(1872年生) - 男爵郷誠之助妹。結婚当時、父親の郷純造大蔵次官
  • 長女・千代子(1900年生) - 河合鉄二の妻。女子学習院出身。夫の河合は政治家河合良成の弟で、東大法科卒、第百銀行副頭取を務めた[6]。長女・茂子の夫に山下太郎 (山下汽船)(船成金山下亀三郎長男)。
  • 二女・道子(1902年生) - 成田儀六の妻。跡見女学校出身[7]。夫の成田は津軽藩士成田三千郞(青森県師範学校の訓導で『青森県地理書』編者[8][9])の次男で、東京帝国大学法学部政治科を卒業後、福島県立相馬中学校教諭を経て川崎貯蓄銀行取締役、第百銀行神田支店長を務めた[10][7]
  • 長男・川崎守之助(1905年生)
  • 二男・川崎大次郞(1906年生) - 第百生命保険会長[11]東京高等師範学校附属中学校を経て、兄の守之助とともに米国ケニオン大学に留学し、1929年卒業[12]。妻の和歌は有馬寛の長女。次男の川崎真次郎は1998年に第百生命保険社長に就任後外資と合併し社長となったが、不正取引疑惑で2000年に引責辞任[13][14]
  • 三男・秀衛(1908年生) - 早世
  • 四男・加倉井謙吉(1911年生) - 八右衛門(2代目)の姉けいの子である茨城県士族加倉井邦彦の養子となる[15]。1934年慶応義塾大学法科卒業。慶大ラグビー部創立者の一人[16]。帝国火災保険に入社し、のちに幹部となる。川崎財閥の資産保全会社である定徳会、共済会の2つの役員を務めていたことから若い頃より高額所得者上位にあった[17]
  • 五男・隆三郞(1914年生)
  • 六男・善資(1917年生)
  • 七男・七三郞(1920年生) - 亡兄秀衞の死亡跡を相続
  • 妹・つね(1882年生) - 川崎友之介の妻。友之介は川崎貯蓄銀行常務を経て日本商事社長[18]
  • 弟・伊東秀之介(1888年生) 東京府平民伊東ナヲの養子となり、1912年早稲田大学政経学科卒。川崎貯蓄銀行頭取。千歳商会(川崎財閥の株式投資会社)会長[19][15][6]
  • 弟・寅之助(1890年) - 兄の伊東秀之介の養子となる[15]

脚注[編集]

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  1. ^ 大三輪奈良太郎『人事興信録』第4版 [大正4(1915)年1月]
  2. ^ 大三輪奈良太郎君『名古屋百紳士』馬場籍生 著 (名古屋百紳士発行所, 1917)
  3. ^ a b c 古林亀治郎「川崎 金三郎君」『現代人名辞典』中央通信社、1912年、カ之部十五頁。オンライン版国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ a b c 『日本火災海上保險株式会社百年史』日本火災海上保險株式会社, 1995, p52
  5. ^ 川崎八右衛門『人事興信録』第4版 [大正4(1915)年1月]
  6. ^ a b 川崎財閥の最高本部を守る陣営『川崎・鴻池コンツェルン読本』 勝田貞次、春秋社、1938、p158-159
  7. ^ a b 成田儀六『帝国大学出身名鑑』 (校外調査会, 1932)
  8. ^ 明治期中等学校図画教員の研究(2) : 東北地方金子一夫、茨城大学教育学部教育研究所紀要20号、1988
  9. ^ 青森県地理書 / 成田三千郎 編纂 早稲田大学図書館
  10. ^ 成田儀六『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  11. ^ 川崎大次郞日本経済新聞『私の履歴書』1985/08/01〜1985/08/31
  12. ^ Class of Graduates ManyKenyon College新聞, 1929年6月14日
  13. ^ 第百生命社長に川崎氏 共同通信イメージズ
  14. ^ マニュライフ生命保険Web
  15. ^ a b c 川崎八右衛門『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  16. ^ クラブの歴史と変遷慶應JSKSクラブ
  17. ^ 戦前東京における高額所得者の階層移動(試論)谷沢弘毅、中村研二、播磨谷浩三、札幌学院商経論集 第 23巻第 2号(通巻 109号)
  18. ^ 川崎友之介『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  19. ^ 川崎財閥最高本部陣営『川崎・鴻池コンツェルン読本』 勝田貞次、春秋社、1938、p157

外部リンク[編集]


先代:
(会長制新設)
日本火災保険会長
初代:1910年 - 1913年
次代:
川崎肇