小川菊松

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

小川菊松(おがわ きくまつ、1888年 - 1962年7月3日)は、誠文堂新光社の創業者、社長。

経歴[編集]

茨城県出身。1903年15歳で上京書店店員から出版取次の至誠堂に入社、1912年独立して神田錦町に取り次ぎ仲買の誠文堂を創立、13年渋川玄耳の『わがまま』を刊行し出版を始める。1920年『商店界』、24年『子供の科学』『無線と実験』などを創刊。1935年新光社を合併、誠文堂新光社とする。1945年、終戦直後に『日米会話手帳』を科学教材社名義で発行しベストセラーとする。1947年12月22日、公職追放の指定を受ける[1]1950年10月13日に公職追放を解除され[2][3]、誠文堂新光社に会長として復帰[4]。1962年猟銃自殺

著書[編集]

  • 『商戦三十年』誠文堂 1932
  • 『出版興亡五十年』誠文堂新光社 1953
  • 『出版の面白さむずかしさ』誠文堂新光社 1959
  • 『日本出版界のあゆみ』誠文堂新光社 1962

共編著[編集]

  • 『礎』編 誠文堂新光社 1941 NDLJP:1122838
  • 『最新愛犬読本』宮本彰一郎共著 誠文堂新光社 1949
  • の性能と形態』宮本彰一郎共著 誠文堂新光社 1950
  • 猟犬銃猟射撃事典』編 誠文堂新光社 1957

脚注[編集]

  1. ^ “資格審査結果公告第二十一号”. 官報 (号外): p. 8. (1947年12月22日). http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2962808/22 。なお小川自身は1948年1月発表としている(小川 1953, pp. 480-481)。
  2. ^ “公職資格訴願審査結果公告 第一号”. 官報 (号外116): p. 37. (1950年10月13日). http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2963674/28 
  3. ^ 小川 1953, p. 483.
  4. ^ 小川 1953, p. 484.

参考[編集]