寄船

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寄船(よりふね)とは、中世近世日本における遭難による漂流船・漂着船及びその搭載物のこと。これに対して漂流物一般を寄物(よりもの)と称した。更に漂流船を流船と呼んで、寄船を漂着船のみに限定する考え方もある。

日本では古代からそもそも船の遭難そのものを神罰として捉え、漂流船・漂着船は発見者・救出者によって略奪・捕獲の対象になると考えられてきた。慣習法では地元領主あるいは住民の所有物もしくは地域の共有物とされてきたが、しばしば権利を巡る争いを引き起こした。こうした争いを回避するために各種法令が出された他、寺社などに寄進して紛争防止と宗教的恩恵の両方を得ようとすることも行われ、博多に近い宗像大社鎌倉時代の段階で過去数百年間の修理費用を寄船・寄物の寄進のみで賄ってきたという(寛喜3年4月5日官宣旨)。

室町時代海賊衆の慣習法が鎌倉幕府制定法に仮託されて法としてまとめられたとされる廻船式目によれば、寄船に生存者がいた場合や船主が明らかな場合には無断の押収を禁じ、無主物のみを認めている。これは、今川仮名目録などの戦国時代分国法にも継承されている。だが、実際には故意に他人の船を沈めて積荷を寄船の搭載物であるとして奪う者もいた。だが、豊臣政権徳川政権によって不法行為の取締が強化される一方、分一などの発見者・救出者への法定による一定の権利保障が定められて問題の解決が図られるようになった。