太閤山荘

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太閤山荘 入口

太閤山荘(たいこうさんそう)は京都市北区鷹峯北東部にある山荘で、古田織部美術館館長・宮下玄覇の別邸であり、茶道教室などに使われている。その下方には広大な池に面した外苑紅葉谷庭園」がある。山荘は戦前に、人絹商として財をなした川村湖峯の本宅として建造された。現在は、古田織部が御咄衆として仕えた太閤秀吉の顕彰を目的として、江戸時代前期の茶室・戦前の数寄屋建築の母屋・石庭のほか、土蔵とともに整備された。

母家前の内苑は各所に巨石を配し、滝の石組みとともに豪壮な造りである。建物は1934年昭和9年)建造の数寄屋建築であり、天然の北山杉のほか、現在では入手が難しい銘木が使われている。また敷地の一角には、小堀遠州作で日本一窓が多い後藤覚乗茶室擁翠亭」(十三窓席)が移築されている。これは江戸時代前期に、上京区の「擁翠園」にあったものである。

300坪の内苑と2000坪の外苑には紅葉の木が多くあり、紅葉の名所でもある。

沿革[編集]

1934年(昭和9年)日本屈指の人絹問屋の川村湖峯が本宅として造営。日本画家橋本関雪ほか多方面の名士が訪れる。 2013年(平成25年)から宮下玄覇が保有。

内苑[編集]

  • 大滝石組
  • 石庭
  • 茶庭(内露地・外露地)

※ 樹齢100年以上の梅の古木と紅葉がある。

  • 防空壕

外苑[編集]

太閤の間の狩野派による老松に孔雀図障屏画

建物[編集]

  • 小堀遠州後藤覚乗茶室「擁翠亭寛永年間(1624-1644)建造、2015年(平成27年)移築
  • 母屋 1934年(昭和9年)建造(狩野派の金碧障屏画がある書院「太閤の間」、龍襖の滝見茶室「化龍亭」、2階展望茶室「眺望の間」がある)
  • 洋館 1938年(昭和13年)建造
  • 土蔵 1938年(昭和13年)建造
  • 古田織部好 中潜(中門)  2015年(平成27年)建造

所在地[編集]

  • 京都府京都市北区大宮釈迦谷10-37

交通アクセス[編集]

近隣[編集]

  • 源光庵(太閤秀吉の晩年の居城・伏見城落城の際、床板から移した血天井がある)
  • 鷹峯御土居(太閤秀吉が築いた土塁、旧土居町3番地・旧御土居史跡公園、旧土居町2番地)
  • 光悦寺(本阿弥光悦の墓がある)
  • 常照寺(灰屋紹益の妻・吉野太夫の墓がある)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度3分27.7秒 東経135度43分57.7秒 / 北緯35.057694度 東経135.732694度 / 35.057694; 135.732694