大政翼賛の歌

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「大政翼賛の歌」発表会(1941年開催される)。後ろのマークは大政翼賛会の紋章。

大政翼賛の歌(たいせいよくさんのうた)は、1941年(昭和16年)3月にレコード会社6社から発売された歌。『われらのうた』で放送された。

1940年(昭和15年)に発足した大政翼賛会によって主催し公募され、詞は長野県の教員だった山岡勝人が選ばれ、曲は公爵の子供で、当時中学5年生だった鷹司平通が選ばれた。ちなみに編曲は、仁木他喜雄が行った。国民歌謡の後進、われらのうたによって流されて大ヒットした。また、日本を代表する大手レコード会社が競作した。

吹き込み歌手[編集]

類似作[編集]

1942年(昭和17年)頃に募集された戦艦大和艦歌(作詞 坂井保朗少佐、作曲 岩田重一軍楽隊長)の前半部分の旋律は本作品と同一であるが、経緯は判明しない。