大亀徹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

大亀 徹(おおかめ とおる、1951年10月 - )は、日本の評論家。専門は大学史、大学受験、警察

人物[編集]

1951年(昭和26年)10月、広島県尾道市に生まれる。1969年(昭和44年)3月、広島県立尾道北高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、明治大学農学部農業経済学科卒業。同年3月、警視庁巡査拝命(麹町署・第八機動隊)。

上級職等の官僚機構に関する知識がなく、警視庁入庁後に公務員の身分制の壁に強いショックを受け、気力、体力もない東京大学法学部卒のキャリア官僚に伍する方法として、1978年4月、明治大学二部法学部法律学科に学士入学する。この学士入学、編入学、転部試験において、470人中首位の成績だったと、面接官の教授に教えられる。

1979年3月、明治大学二部法学部法律学科は中退する。

1979年(昭和54年)5月、警視庁巡査部長昇任(牛込署・第五機動隊)。1985年(昭和60年)3月、警視庁警部補昇任(日野署・第九方面自動車警ら隊)。1992年(平成4年)3月、警視庁警部昇任(東大和署)。

39歳で警部に昇任し、警察署長の椅子を約束されたが、将来を投げ打ち、母校明治大学の発展のために本を出版する。 1993年(平成5年)12月、警視庁退職。1994年(平成6年)2月、万田株式会社勤務。

警視庁所轄警察官在職中より、愛する母校明治大学に関する新聞記事、雑誌、書籍に目を通し、1992年2月から1993年2月の1年間に渡って、明治大学学長理事長総長学部長に対して、母校明治大学の現状を憂い『明治大学提言書』を提出する。それらの提言をまとめた書籍『明治大学への手紙 - 母校はどこへ行った』はWAVE出版より出版される。

かつては、早慶明と並び称され(そうした事実は実際にはなかったが)、司法試験合格実績では日本一だった母校明治大学が早稲田大学慶應義塾大学の後塵を拝する現状を憂い、ましてや上智大学国際基督教大学青山学院大学立教大学などのミッションスクールなどは遥かに明治大学に伝統、実績などに及ぶべくもないという主張を展開する。明治大学は、官学東京大学を近い将来追い越し「明治大学は、日本一の名門校である。」と呼ばれる日が来るであろうことを予想する。

現在は、サンデー毎日の全国高校別大学合格ランキングを毎年購入し、大学受験雑誌、大学学部別偏差値ランキングを把握し、明治大学の教職員、大学関係者、在校生の不甲斐無さを叱咤激励している。

著書[編集]

  • 『明治大学への手紙 - 母校はどこへ行った』、WAVE出版、1994年3月発行

関連項目[編集]

外部リンク[編集]