城址大通り

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城址大通り(じょうしおおどおり)は、富山県富山市富山駅前を起点とし、市街地南部を終点とする富山市道・県庁線、および国道41号の一部区間の愛称。

概要[編集]

市道区間は富山大空襲により大きな被害を受けた富山市が復興事業の象徴として計画し、総曲輪などの中心市街地と富山駅をほぼ直線で結ぶ大通りとして建設された。途中に位置する富山城址が名称の由来である。城址公園前交差点と城南公園前交差点の間は、国道41号と重複している。

城址大通り沿いには開通直後から現在に至るまでビルデパート公共施設などが相次いで建てられ、今日では富山市を代表するメインストリートに成長した。道路幅は富山駅前から星井町交差点までは6車線(片側3車線)、城南公園前交差点までは4車線(片側2車線)である。富山駅と古くからの市街地を結んでおり、途中の城址公園前交差点では東・西・南三方からの交通を受ける(国道41号・旧国道8号)ため、富山駅との間を行き来する車の流れが城址大通りに集中する。

毎年8月に開かれる富山まつりの会場となったり、クリスマス前後には街路樹のイルミネーションが点灯するなど、富山市のイベントの中心地としての性格も有している。

路線データ[編集]

歴史[編集]

1972年に北陸、中四国など西日本の地方都市で多発した暴走行為の端緒の地となった。この頃から暴走行為を行う若者集団を暴走族と呼び始めるようになった[1]ため、ある種「暴走族発祥の地」としての側面を持っている。なお、暴走行為そのものは1963年ごろから見られており、当時は「カミナリ族」などさまざまな呼称が混在していた。

1988年頃には富山駅前から現在の総曲輪フェリオ付近までの大通りの地下に巨大な地下街を建設する構想があった[2]が、今日まで工事開始には至っていない。

脚注[編集]

関連項目[編集]