坂井千明

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坂井 千明
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都
生年月日 (1951-02-14) 1951年2月14日(66歳)
身長 160cm[1][2]
体重 52kg[1][2]
血液型 B型[1][2][3]
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 川上武一[3]
内藤潔[3]
久保田彦之[3]
相川勝敏[3]
フリー[3]
初免許年 1970年
免許区分 平地・障害
騎手引退日 2004年9月30日
重賞勝利 11勝(JRA)
G1級勝利 0勝(JRA)
通算勝利 9,864戦688勝(JRA)
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坂井 千明(さかい ちあき、1951年2月14日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) に所属していた元騎手[1]。引退後は競馬評論家[4]東京都出身[1][2][3][5]

来歴・人物[編集]

1970年に騎手免許を取得し[1]、同年3月1日に初騎乗(東京競馬場第8競走、トキノマツカゼで6着)[1][2][3][5]。同年3月29日中山競馬場第6競走でファイトパワーに騎乗し、初勝利[1][2][3][5]2004年9月30日に引退するまでJRA通算9,864戦688勝(うち障害競走57戦10勝)、重賞11勝の成績をあげた[1]

1994年には第55回菊花賞ヤシマソブリンに騎乗し、ナリタブライアンに7馬身差ながら2着に入っている[6]

1990年度と1999年度の厩舎関係者表彰フェアプレー賞を受賞している[5]

千明塾[編集]

騎手引退後は競馬評論家として活動を行う傍ら、若手騎手の勉強会、通称「千明塾」を主宰し、騎乗のポイントから営業の方法まで、幅広い指導を行っている[7][8]。同塾の門下生には松岡正海石橋脩吉田隼人丹内祐次津村明秀らがいる[8][9]。また大西直宏とともに、国際馬事学校で講師を務めていたこともある[10]

主な騎乗馬[編集]

テレビ出演[編集]

著書[編集]

  • 坂井千明のコースの達人 : JRA本部関係者や現役騎手も真実を語った(メディアプロダクション、2005年、ISBN 4-903262-00-6

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 引退騎手情報 坂井 千明(サカイ チアキ)”. 日本中央競馬会. 2016年5月2日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 『競馬騎手名鑑'98』 宝島社別冊宝島〉、1998年5月16日、59頁。ISBN 4-7966-9383-1
  3. ^ a b c d e f g h i j k 進藤為人 1997, p. 77
  4. ^ a b ケイバdeブレイク!”. BSフジ. 2009年2月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年5月2日閲覧。
  5. ^ a b c d 坂井千明騎手の引退式実施”. 日経ラジオ社 (2004年9月25日). 2016年5月2日閲覧。
  6. ^ 10R 菊花賞|1994年11月6日(日)1回京都2日”. 日本軽種馬協会. 2016年5月2日閲覧。
  7. ^ 高木一成 (2005年5月10日). “G1の夢へ「塾」開講”. nikkansports.com. 2016年5月30日閲覧。
  8. ^ a b ルール・情報提供者紹介 予想バトル”. UMAJIN.net. 2016年5月30日閲覧。
  9. ^ ターザン山本 (2005年8月12日). “若者教育”. 煩悩菩薩日記. イビジェカフェ. 2016年5月30日閲覧。
  10. ^ 充実の指導員 - 本校の特徴”. 国際馬事学校. 2009年7月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年5月30日閲覧。
  11. ^ 進藤為人 1997, pp. 76-77.
  12. ^ UMAJIN (2007年11月19日). “【画像】【坂井千明のコース解説】ジャパンカップ、ジャパンカップダート 3/3”. livedoor ニュース. 2016年5月2日閲覧。
  13. ^ キャスト:坂井千明”. UMAJIN.net. 2016年5月2日閲覧。

参考文献[編集]

  • 進藤為人、「ナイスミドルの課長さん坂井千明がくれたひとときの快楽」 『競馬騎手読本』 宝島社〈別冊宝島〉、1997年1月3日、76-77頁。ISBN 4-7966-9290-8 

外部リンク[編集]