団体等規正令

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団体等規正令
日本国政府国章(準)
日本の法令
通称・略称 団規令
法令番号 昭和24年4月4日政令第64号
効力 廃止
種類 行政法
主な内容 暴力主義的団体などの規制
関連法令 破壊活動防止法占領目的阻害行為処罰令公職追放令
条文リンク 国立国会図書館デジタル化資料
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団体等規正令(だんたいとうきせいれい、昭和24年4月4日政令第64号)は、「暴力主義的・反民主主義的」とみなされた団体の規制を目的とした日本政令である。当初は、1946年に、ポツダム命令の「政党、協会其ノ他ノ団体ノ結成ノ禁止等ニ関スル件(昭和21年2月23日勅令第101号)」として制定され、1949年(昭和24年)に全部改正された。しばしば「団規令」(だんきれい)と略称される。

破壊活動防止法の施行に伴い、1952年に廃止された。

概説[編集]

政治活動をするにあたっては届出が義務付けられ、本令の遵守について法務総裁の調査権限が付与されている。本令の規制対象団体に該当した場合は解散させられた。解散させられた団体は解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令により、政府によって財産が管理処分された。

規制対象団体の該当事由は以下の通り。

  • 占領軍に対して反抗し、若しくは反対し、又は日本国政府が連合国最高司令官の要求に基いて発した命令に対して反抗し、若しくは反対する団体
  • 日本国の侵略的対外軍事行動(大東亜共栄圏八紘一宇思想)を支持し、又は正当化する団体
  • 日本国が他のアジア人インドネシア人又はマレー人の指導者であることを僭称する団体
  • 日本国内において外国人を貿易、商業又は職業従事から排除する団体
  • 日本国と諸外国との間の自由な文化及び学術の交流に対して反対する団体
  • 日本国内において、軍事若しくは準軍事的訓練を実施し、陸海軍軍人であった者に対して民間人に与えられる以上の恩典を供与し、若しくは特殊の発言権を附与し、又は軍国主義若しくは軍人的精神を存続する団体
  • 暗殺その他の暴力主義的企画によつて政策を変更し、又は暴力主義的方法を是認するような傾向を助長し、若しくは正当化する団体
  • 本令解散団体構成員が主要役員の団体[1]
  • 1930年[2]1月1日以後現役にあった正規陸海軍将校経験者又は特別志願予備将校経験者が主要役員の団体[1]
  • 憲兵隊特務機関諜報機関への勤務経験者又は協力者が主要役員の団体[1]
  • 構成員の4分の1以上が本令解散団体構成員、1930年1月1日以後現役にあった正規陸海軍将校経験者又は特別志願予備将校経験者、憲兵隊、特務機関、諜報機関への勤務経験者等が占める団体[1]

また本令解散団体の主要幹部とスポンサー関係者は公職追放令による公職追放の対象となった。本令に規制対象団体の結成や指導をした者、政治活動について不届出又は虚偽届出をした者、法務総裁の調査を拒否した者は刑事罰の対象となった。

解散処分を受けたため捜索を受ける在日朝鮮人連盟本部 1949年9月

実際にはGHQの施策に反対する団体、戦前の軍国主義を呼号する団体、右翼団体左翼団体暴力団が規制対象団体となった。また在日本朝鮮人連盟在日朝鮮民主青年同盟が規制対象団体に該当し、本令によって解散処分を受けた。

1950年7月には9人の日本共産党幹部(徳田球一野坂参三志田重男伊藤律長谷川浩紺野与次郎春日正一竹中恒三郎松本三益)に対し、政府の出頭命令を拒否したとして団体等規正令違反で逮捕状が出た。

1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ講和条約発効により日本が国家主権を回復し、同令は同年10月25日に失効と規定された。同年7月21日に「暴力的破壊活動」を取り締まる破壊活動防止法が制定されたことにより、同令は3ヶ月早く失効した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 法務総裁が特に指定するものを除く。
  2. ^ 統帥権干犯問題はこの年に起きたため。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]