吉田敏洋

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吉田 敏洋(よしだ としひろ、1979年10月17日 - )は、名古屋市出身[1]競輪選手日本競輪選手会愛知支部所属。ホームバンクは名古屋競輪場

経歴[編集]

1996年度に行われた第76回全国高校ラグビー大会において、西陵商業高校の同大会初優勝のメンバーとして名を連ねる。高校3年時となる第77回の同大会では主将として出場。

高校卒業後も大学でラグビーを続けるはずだったが、第一志望の大学に合格できなかった。丁度高校3年の春、同校ラグビー部の先輩で、当時競輪選手だった若松将弘と、日本競輪学校では若松と同期で、ラグビー選手としては著名選手であり、同じく当時競輪選手だった渡邉大吾と話をしていくうちに競輪への興味を持ち、その後、村佐庸に師事して競輪選手を目指すことになった。1999年、日本競輪学校第85期生として入学。翌2000年8月13日一宮競輪場でデビューし1着。またこの開催の完全優勝を果たした。

その後、2002年2003年ヤンググランプリに出場(いずれも4着)。また2004年高松宮記念杯競輪(9着)、全日本選抜競輪(6着)、共同通信社杯競輪(9着)において決勝進出を果たしている。

2012年の地元の名古屋記念競輪で記念競輪初優勝を果たした。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 吉田敏洋 純地元の意地/名古屋 - 日刊スポーツ 2014年3月18日10時2分 紙面から