合田好道

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合田 好道(ごうだ よしみち、1910年(明治43年) - 2000年(平成12年)2月6日)は、陶芸家画家

略歴[編集]

1910年、香川県三豊郡豊濱町(現・観音寺市)に生まれる。父は合田辧治、母はまつ。1925年、三豊中学校中退(後の第68代内閣総理大臣、大平正芳と同郷・同窓)、別府移住。兄の影響で画家を志望。1929年、上京、春陽会入選。1930年小山富士夫鳥海青児料治熊太会津八一らと知り合う。1939年、小山富士夫の紹介で浅川伯教を知る。1942年伊東安兵衛と喫茶をかねた工芸店「門」をはじめる。富本憲吉石黒宗麿北大路魯山人荒川豊蔵濱田庄司らの作品を陳列。1946年濱田庄司を頼り益子移住。たくみ工芸店益子出張員となる。円道寺成井窯で赤絵の仕事に就く。1949年柳宗悦バーナード・リーチが益子を来訪し、知り会う。1952年、大誠窯、塚本窯、成井窯などを指導。1974年和田安雄を伴い韓国移住、金海窯築窯[1]1980年、韓国を去り、益子へ帰る。1981年合田陶器研究所創設[2]。2000年没、享年89。

脚注[編集]

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  1. ^ 韓国に渡った老陶芸家”. 東洋経済日報. 2015年3月5日閲覧。
  2. ^ 合田の死去後は、和田安雄のもと、「道祖土 和田窯」として引き継がれる。(道祖土和田窯の始まり”. 道祖土 和田窯. 2015年3月5日閲覧。