冲永荘一

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冲永 荘一(おきなが しょういち、Dr. Shōichi Okinaga、1933年6月29日 - 2008年9月25日)は、日本の学校法人経営者、教育者医学者産婦人科学)。

来歴・人物[編集]

東京府渋谷町(現・東京都渋谷区)に財団法人帝京商業学校を創設した冲永荘兵衛の長男として1933年東京府荏原区(現・品川区)に生まれる。1958年東京大学医学部卒業後、1963年に東京大学大学院医学系研究科博士課程を修了、医学博士号を取得した。その後1966年に帝京大学を創設し学長理事長に就任、1981年には同大学総長に就任し、2002年に退任するまで長く同大学トップの地位にあった。

評価[編集]

治療研究を通じて人間の生命を救う事が出来る医学に志と使命感を持ち、教育理論より社会に直結した実学を重視した冲永荘一は、『医学は実学を象徴する学問である』との想いから東京大学医学部大学院在学時に博士論文において史上最年少(当時)で日本産科婦人科学会賞を受賞した。

1966年昭和41年)に「努力をすべての基とし偏見を排し、幅広い知識を身につけ、国際的視野に立って判断ができ、実学を通して創造力および人間味豊かな専門性ある人材の養成を目的とする」を建学の精神として帝京大学を創設し、学長理事長に就任、1981年には同大学総長に就任したが、2002年に発覚した不正寄付金問題で両職を引責辞任した[1]。なお、後任の2代目理事長・学長(総長制は廃止)には次男の冲永佳史が就任している[2]

帝京大学総長退任後の晩年は、国内の医学の発展に寄与するため専門である産婦人科学の学術研究や論文発表、および帝京大学医真菌研究センターにおいて真菌症の治療や臨床研究に尽力した。

脚注[編集]

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  1. ^ “帝京大の不正寄付金問題”. 西日本新聞. (2003年4月14日). http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/article/3595 2017年6月13日閲覧。 
  2. ^ “冲永帝京大総長が辞任 寄付金問題で引責”. 47NEWS. 共同通信 (全国新聞ネット). (2002年9月18日). オリジナル2014年6月15日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20140615163215/http://www.47news.jp/CN/200209/CN2002091801000194.html 2017年6月9日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]