冠纓神社

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冠纓神社
冠纓神社・拝殿
所在地 香川県高松市香南町由佐字三原1413番地
位置 北緯34度14分18.9秒
東経134度0分41.8秒
座標: 北緯34度14分18.9秒 東経134度0分41.8秒
主祭神 帯中津日子、命品陀和気命、息長帯比売命
社格 県社
創建 861年(貞観3年)
別名 かむろ八幡宮
例祭 10月第2日曜日
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冠纓神社(かんえいじんじゃ)は、香川県高松市香南町由佐にある神社。別名は「かむろ八幡宮」で、香南町の氏神として親しまれ、縁結び神社としても知られる。

秋季例祭で披露される夫婦大獅子舞で使用される大獅子は県指定有形民俗文化財で、日本一の大きさともいわれる。讃岐国香東郡井原庄出生説もある[1]安倍晴明が神主をしていたという伝承もある。境内には樹齢800年以上の楠を始め100種以上に及ぶ植物が群生しており、香川県自然記念物に指定されている。

歴史[編集]

861年(貞観3年)、讃岐巡礼中の円珍が井原庄に着いた時、鳩峰大自在王菩薩が現われて井原庄を鎮護すると云った。このため円珍はこの地の里人の力を借りて、宝蔵寺を建てた。1357年細川頼之が厚く保護・尊崇し京都石清水八幡宮の冠纓を奉納した。このことから冠尾(かむりお、またはかむろ)八幡宮と呼ばれるようになり、後に冠纓神社となる。現在も地元の人は「かむろ」と呼んでいる。以後も細川氏による信仰・保護を受け、細川氏が衰えた後も由佐氏がこれを引き継いだ。後に讃岐国を支配した生駒親正松平頼重も社領の寄進をするなど当社を保護している。

明治に入ると郷社に列格し、1907年、神饌幣帛料供進神社にも指定されている。1918年には県社に昇格した。1970年、獅子舞に使用される大獅子が県の有形民俗文化財に指定される。1977年、古来よりの自然が残る鎮守の森が香川県自然記念物に指定された。1982年、万葉集天治本が発見され、重要文化財に指定された。

2001年4月、香川郡香南町(後に高松市と合併)が境内を横断する配水管埋設工事を神社に無断で行い、高松地方裁判所は香南町に対し、配水管撤去命令を出した、ということがあった[2]

神社本庁との関係[編集]

2006年、神社は神社本庁から離脱することを決定・公告した。しかし神社本庁離脱のための県への規則変更申請は認可されなかった[2][3][4]。一方、宮司は2012年に死没した。その後、故宮司の長女の女性が宮司代行者への任命を具申したものの神社本庁から認められることなく、別の宮司が香川県神社庁によって決定された。2016年現在、神社は故宮司の妻が管理し、一方神社本庁によって決定された宮司は神社へまったく訪問しない状況となっている[2]

文化財[編集]

重要文化財(国指定)

  • 万葉集 巻第十五残巻(天治本)

香川県指定有形民俗文化財

  • 冠纓神社の大獅子

交通アクセス[編集]

周辺[編集]

参考文献[編集]

  • 香川県大百科事典

脚注[編集]

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  1. ^ 大日本史料「讃岐国大日記」や「讃陽簪筆録」では讃岐国香東郡井原庄生まれ。西讃府志」では香川郡由佐生まれとされている。
  2. ^ a b c 片岡伸行「神社乗っ取り事件」、日本会議と神社本庁(成澤宗雄編)、2016年、140-161ページ。
  3. ^ 文部科学省第159回宗教法人審議会議事録(平成22年10月18日)
  4. ^ 文部科学省第154回宗教法人審議会議事録(平成20年3月17日)