佐藤友則

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佐藤 友則
基本情報
本名 佐藤 友則(さとう とものり)
通称 TOMONORI
階級 フライ級NJKF
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1977-12-31) 1977年12月31日(40歳)
出身地 北海道札幌市
身長 162cm
体重 52.5kg
スタイル キックボクシング
プロキックボクシング戦績
総試合数 56
勝ち 36
KO勝ち 18
敗け 17
引き分け 3
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佐藤 友則(さとう とものり、1977年12月31日 - )は、日本男性キックボクサー北海道札幌市出身。OGUNI-GYM所属。現在はTOMONORIというリングネームで戦っている。現ISKAムエタイ世界フライ級王者。WBCムエタイインターナショナルフライ級王者。元UKF世界バンタム級王者。元WBCムエタイ日本フライ級、バンタム級王者。元WMCインターコンチネンタルスーパーフライ級王者。元NJKFフライ級王者。MACH GOGO52kg最強トーナメント 優勝。

来歴[編集]

幼少期[編集]

幼少期にブルース・リーといった香港映画スターに憧れて、小学生の頃から空手を始める。中学3年生のときまでに、多くの大会で優勝した。高校入学後にアマチュアボクシング柔道を始めた。柔道では、一週間練習しただけで小規模の大会で優勝した。その後UFCの影響もあって、プロ総合格闘家になるため、高校を中退して上京した。アマチュア修斗に出場しようと応募するが、出場可能な階級がなかったため断られた。そこで同じ中学出身だった大宮司進から、タイでの修行の話を聞き、キックボクシングに興味を持つようになり、アクティブJに入門する。その頃、アクティブJのタイ支部が出来たため、タイに渡る。

プロデビュー[編集]

1997年9月28日に単身タイに渡り、タイのラジャダムナン・スタジアムでプロデビューする。タイ人に破れ、デビュー戦を黒星でスタートさせる。翌1998年2月28日に、NJKF加盟ジムに所属し、日本でもプロデビュー。柏木吾一に勝利する。1999年にOGUNIジムに移籍。

5Rに昇格し、2001年5月25日に押川童子丸と再戦。前回はTOMONORIの不戦勝だった。1R開始直後にハイキックでダウンを奪われるが、その後肘打ちでTKO勝ちをおさめた。

2003年4月6日にオランダで開催された「K-1 WORLD GP 2003 世界地区予選オランダ大会」のフレッシュマンファイト(2分5R)に出場。モハメド(モロッコ)と対戦し、4Rに1度ダウンを奪ったが、結果はドローに終わった。

11月9日に行われたNJKF興行の「VORTEX X」のNKBフライ級王者決定戦に出場。この頃はNJKFはNKBに加盟していたため、NKBの王座に挑戦した。TOMONORIは同級1位にランクされており、高橋拓也(同級2位)と対戦。相手のパンチのラッシュに付き合ってしまい1RKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

世界王座獲得[編集]

2004年3月13日、アメリカ合衆国オクラホマ州エリザベス・ルイス(アメリカ)の持つUKF世界バンタム級王座に挑戦。3R目にハイキックでKO勝ちし、王座を獲得。

2004年10月17日、ダミアン・トレイノーイギリス / WMCヨーロッパスーパーフライ級王者)との王者決定戦において判定0-2で下しWMCインターコンチネンタルスーパーフライ級王者になる。

2006年1月15日にNJKF興行「ADVANCE I 〜前進〜」において行われた2005年度NJKF年間表彰で、4戦4勝3KOの好戦績を残したことと、タイでの試合が評価され殊勲賞と格闘技通信賞を受賞した。

最初の日本王座獲得[編集]

4月9日、高橋拓也(拳之会/王者)の持つNJKFフライ級王座に挑戦し、判定3-0で下し新王者になる。

MACH GO! GO!優勝[編集]

9月1日にJ-NETWORK主催のフライ級トーナメント「MACH GO! GO! '06 〜フライ級最強決定トーナメント1回戦〜」に出場。飛燕野嶋(MA日本フライ級2位)と対戦し、5R判定0-0で延長Rに突入。手数でわずかに上回り、6R判定3-0で準決勝に進出した。TOMONORIは、この試合前の練習中に肋骨を骨折し、満足に動ける状態ではなかった。なお、公式上のこの試合結果は、5R0-0ドローである。またルールで、延長Rは2分となっている。

10月1日に松尾崇(J-NETWORKフライ級2位)と対戦。1R終了時の負傷判定3-0で勝利し、決勝戦進出を決めた。1R終了のゴングがなった直後に、右ハイキックが松尾に当たり、松尾はダウンした。インターバル終了後も松尾にダメージが残っていたため、ドクターストップがかかった。ゴングがなった瞬間、既にTOMONORIがパンチから繋がる右ハイキックのコンビネーションを出していたことと、流れの中での攻撃であったためにレフェリーが止めに入る前の攻撃だったことから反則は取られなかった。

11月22日「MACH GO! GO! '06〜フライ級最強トーナメント」の決勝戦に出場し、魂叶獅(J-NETWORKフライ級王者)と対戦。1Rに右ストレートでダウンを奪うと、5R判定3-0で優勝。ジャッジのスコアでは3、4点差がつく大差だった。

ムエタイ世界王座挑戦[編集]

2007年3月18日にラッタナデェ・KTジム(タイ/元ルンピニー・スタジアムミニフライ級王者)と対戦。1R終了間際に左フックのクロスカウンターでダウンを奪われ、1R3:05KO負けを喫した。試合翌日に、ジムの会長に再戦を直訴した。また、ゴング格闘技2007年4月号のインタビューで、自身の目標がK-1出場であり、相手は70kgでもヘビー級でも構わないと発言した。

7月29日にディファ有明でラッタナデェ・KTジム(タイ)と再戦。ラッタナデェはルンピニー&ラジャダムナン・スタジアムミニフライ級1位のランカーになっており、試合開始前の名前コールで紙テープが頭に直撃するというハプニングがあった。しかし、離れ際の左フックで1R2:15KO勝ちした。

9月1日にタイのバンコク国立競技場で行われたWPMF世界スーパーフライ級王者決定戦で、ダーウサミン・イングラムジム(タイ/ラジャダムナン・スタジアムフライ級10位)と対戦。5R判定3-0で敗れ、王座獲得に失敗した。スコアはジャッジ全員が49-48という微妙な判定だった。

翌10月14日にWMC世界スーパーフライ級王者決定戦に出場。チャオタピー・ギャットコーウィット(タイ/WMC世界バンタム級6位)と対戦し、5R目に膝でダウンを奪われ判定負けした。

12月22日に地元札幌Zepp Sapporoで「NORTH LEGEND in Zepp Sapporo KICK BOXING FIGHTING 2007」という興行を自らプロデュースし、UKF世界バンタム級王座防衛戦を行った。チェ・ジンスン(韓国)と対戦し、3Rに右ローキックでダウンを奪い、4Rにさらに同じように右ローキックでダウンを奪うと、セコンドがタオルを投入し、4R0:43KO勝ちした。2R終了時に、TOMONORIがゴングの音に気づかず攻め続けてしまい、相手のセコンドが怒ってリング上で抗議するという一幕があった。この興行はレフェリーとジャッジ団がNJKF公認ではなかったため、NJKF非公式の戦績となっている。

2つ目の日本王座獲得[編集]

2009年9月23日に後楽園ホールで開催された「WBCムエタイルール日本統一王座決定戦」に出場。スーパーバンタム級の決勝戦(3分5R)で島んちゅ泰(MA日本バンタム級2位)と対戦。3Rにカウンターの右ストレートを当て、3R2:16KO勝ちを収め、初代王者になった[1]

2009年11月22日、第2代RISE55kg級王者決定戦で寺戸伸近と対戦し、2RKO負けで王座獲得ならず[2]

戦績[編集]

キックボクシング 戦績
51 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
32 3
16
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
ポンパン・エスジム 2R 1:48 KO(飛びヒザ蹴り) ニュージャパンキックボクシング連盟
「MuayThaiOpen 22」
2012年10月21日
× パンデーン・シットモンチャイ 2R 2:39 KO ノースエリア格闘技イベント BOUT 11 2012年3月18日
× ロミー・アダンザ 2R 0:19 TKO(肘によるカット) ニュージャパンキックボクシング連盟
「KICK TO THE FUTURE 1」
【WBCムエタイインターナショナルスーパーフライ級王座決定戦】
2012年2月18日
ATCHアナーキー 2R 2:14 KO(右ストレート) ノースエリア格闘技イベント BOUT-X 2011年10月10日
ラチャシー・ポーシリポン 3R 0:30 KO(左フック) THAI FIGHT EXTREME JAPAN 2011年8月7日
キム・ヨンミン 1R 3:02 TKO ノースエリア格闘技イベント BOUT-VIII 2011年3月13日
× 藤原あらし 3R 1:18 KO(左肘打ち) REBELS 3 2010年7月19日
民洞現 5R終了 判定3-0 ノースエリア格闘技イベント BOUT-VI 2010年3月14日
× 寺戸伸近 2R 1:54 KO(3ダウン:パンチ連打) RISE 60
【第2代RISE55kg級王者決定戦】
2009年11月22日
島んちゅ泰 3R 2:16 KO(右ストレート) ニュージャパンキックボクシング連盟
「WBCムエタイルール日本統一王座決定戦 〜ROAD TO REAL KING 11〜」
【WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント バンタム級 決勝】
2009年9月23日
松本圭一太 5R終了 判定3-0 ニュージャパンキックボクシング連盟
「WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント準決勝 〜ROAD TO REAL KING 9〜」
【WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント バンタム級 準決勝】
2009年7月26日
× ペッチシーニル・ポータナポル 2R 1:46 TKO(ドクターストップ:顔面カット) ノースエリア格闘技イベント BOUT-IV 2009年3月15日
KENT 5R終了 判定1-1 ムエローク Japan 2009 〜最大最強のムエタイ祭り〜
【M-1スーパーフライ級王座決定戦】
2009年1月18日
村浜武洋 3R終了 判定2-1 ニュージャパンキックボクシング連盟
「START OF NEW LEGEND XI 新しい伝説の始まり」
2008年9月27日
チェ・ジンスン 4R 0:43 TKO(セコンドからのタオル投入) NORTH LEGEND in Zepp Sapporo KICK BOXING FIGHTING 2007
【UKF世界バンタム級タイトルマッチ】
2007年12月22日
× チャオタピー・ギャットコーウィット 5R終了 判定0-3 ニューキャパンキックボクシング連盟
「FIGHTING EVOLUTION XII〜進化する戦い12th〜THE“FIVE-STAR”FIGHT」
2007年10月14日
× ダーウサミン・イングラムジム 5R終了 判定0-3 ムエタイ 日ータイ交流戦〜伝承〜INHERIT
【WPMF世界スーパーフライ級王座決定戦】
2007年9月1日
ラッタナデェ・KTジム 1R 2:14 KO(左フック) ニュージャパンキックボクシング連盟
「Fighting Evolution IX MUAY Thai Open」
2007年7月29日
× ラッタナデェ・KTジム 1R 3:05 KO(左フック) ニュージャパンキックボクシング連盟
「FIGHTING EVOLUTION III〜進化する戦い〜3KINGS チャンピオンカーニバル」
2007年3月18日
魂叶獅 5R終了 判定3-0 J-NETWORK
【MACH GO! GO!'06 フライ級最強決定トーナメント 決勝戦】
2006年11月22日
松尾宗 5R終了 判定3-0 J-NETWORK
【MACH GO! GO!'06 フライ級最強決定トーナメント 準決勝】
2006年10月1日
飛燕野嶋 5R終了 判定0-0  延長判定3-0 J-NETWORK
【MACH GO! GO!'06 フライ級最強決定トーナメント 一回戦】
2006年9月1日
三好純 3R終了 判定3-0 J-NETWORK
「GO! GO! J-NET '06 〜STREETS of FIRE〜」
2006年7月25日
高橋拓也 5R終了 判定3-0 ニュージャパンキックボクシング連盟
「ADVANCE III〜前進〜」
2006年4月9日
ジャンモー・ルークノンディー 5R KO タイ国王生誕記念試合 王宮前広場 2005年12月4日
クリス・ホワイト 5R終了 判定3-0 ニュージャパンキックボクシング連盟
「INFINITE CHALLENGE IX 〜無限の挑戦〜」
2005年10月9日
ダイヤモンド・ジム 1R 0:47 KO(右ストレート) WOLF REVOLUTION 2005年10月9日
今井敦行 3R 1:54 KO WEBBWOODS presents IKUSA YGZ04 〜BIRD-BASE〜 2005年3月12日
ダミアン・トレイノー 5R終了 判定3-0 TOSHIMAX
【WMCインターコンチネンタルスーパーフライ級タイトルマッチ】
2004年10月17日
エリザベス・ルイス 3R KO アメリカ・オクラホマ
【UKF世界バンタム級タイトルマッチ】
2004年3月13日
× 高橋拓也 1R 1:04 KO(右フック) ニュージャパンキックボクシング連盟
「VORTEX X 〜旋風〜」
【NKBフライ級王座決定戦】
2003年11月9日
タイ人 KO タイ・パタヤ 2003年9月29日
モハメド 判定 K-1オランダ 2003年4月6日
× ポーラード・ノイ・トォー・センティアンノイ 4R 2:41 KO(3ノックダウン) ニュージャパンキックボクシング連盟
「VORTEX I 〜旋風〜」
2003年1月19日
タイ人 1R KO タイ・パタヤ 2002年9月22日
高嶺幸良 3R 1:54 KO(右フック) ニュージャパンキックボクシング連盟
「DREAM RUSH 6」
2002年9月8日
× 川津真一 2R 2:48 KO(右ストレート) ニュージャパンキックボクシング連盟
「DREAM RUSH 4」
【NKB統一トーナメント準決勝 フライ級】
2002年5月12日
モロッコ人 不明 オランダ 2002年2月15日
HIDE 判定 後楽園ホール 2001年11月2日
ジャイゲオ・ホー・ファッカムロン 1R KO ラジャダムナン 2001年9月30日
× 川津真一 4R 1:39 KO ニュージャパンキックボクシング連盟
「CHALLENGE TO MUAYTHAI 7」
2001年6月24日
押川童子丸 1R 0:44 TKO(肘によるカット) ニュージャパンキックボクシング連盟
「CHALLENGE TO MUAYTHAI 6」
2001年5月25日
シントーン・P・ファッカムロン 2R KO ラジャダムナン 2001年2月25日
× クマントーン・パヤックタイ 不明 UBCTVマッチ 2000年11月20日
押川童子丸 不戦勝 ニュージャパンキックボクシング連盟
「MILLENIUM WARS 8」
2000年9月24日
× エッグユット・F・ラゥムピブール 不明 ラジャダムナン 2000年5月25日
× タイ人 不明 ラジャダムナン 2000年2月25日
高橋伸浩 判定 仙台スポーツセンター 1999年9月15日
高嶺幸良 不戦勝 後楽園ホール 1999年3月22日
柏木吾一 不明 後楽園ホール 1998年2月28日
× タイ人 不明 ラジャダムナン 1997年9月28日


獲得タイトル[編集]

受賞歴[編集]

  • 2005年度殊勲賞(NJKF、2006年1月15日)
  • 2005年度格闘技通信賞(NJKF、2006年1月15日)
  • 2006年度敢闘賞(NJKF、2006年12月23日)
  • 2006年度最高試合賞(NJKF、2006年7月29日のTOMONORI対ラッタナデェ・KTジム)(2007年1月6日)
  • 2007年度格闘技通信賞(NJKF、2007年1月6日)
  • 2007年度GONKAKU賞(NJKF、2007年1月6日)
  • 2007年度スポーツナビ賞(NJKF、2007年1月6日)

出典[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
高橋拓也
第7代NJKFフライ級王者

2006年4月9日 - 2007年(返上)

空位
次タイトル獲得者
久保賢司
前王者
エリザベス・ルイス
UKF世界バンタム級王者

2004年3月13日 - 継続中

次王者
N/A
前王者
2009年6月13日に王座設立
初代WBCムエタイバンタム級日本統一王者

2009年9月23日 - 継続中

次王者
N/A