ラジャダムナン・スタジアム


ラジャダムナン・スタジアム(泰: เวทีมวยราชดำเนิน、英: Rajadamnern Stadium)は、タイのムエタイスタジアム。1945年に開場。タイ王室財務局による運営を経て、1953年よりラジャダムナン・スタジアム株式会社が管理[1]。ルンピニー・スタジアムとともに「ムエタイの二大殿堂」と称されている[1][2]。2022年よりイベント「ラジャダムナン・ワールドシリーズ(略称、RWS)」を開催している。
歴史
[編集]ムエタイがプロスポーツとして世界的に認知されるための会場を創設するというタイ国政府の構想のもと、1942年にスタジアムの建設を開始[3]。1945年に建設を完了し、世界初のムエタイスタジアムとして正式に開場[3]。同年12月23日に初のムエタイ試合を開催[3]。1951年にコンクリートドームを建設[3]。1955年に世界初の公式プロムエタイルールブックを出版[3]。
開設以降、王室財務局が運営していたが[1]、1953年よりラチャダムヌーン・スタジアム株式会社が管理し[1]、ランキングの作成やレフェリーの管理等はTBCが担当している。1969年にロッキー・マルシアノが、Raksak Wayupuk対Saknoi Sor Kosumの国際マッチのゲスト・レフェリーとして参加した。
2022年7月22日より「サラン・ラッダーワンGSV」の運営による世界リーグ戦「ラジャダムナン・ワールドシリーズ(略称、RWS)」が開始[3][4][5]。また、創設以来女人禁制であったが、同年8月5日より女子の試合も解禁した[3][6]。2024年2月にRWSの日本支部として「RWS JAPAN」が発足し、実業家の佐々木洋平が代表に就任[5]。
2024年12月21日より創立80周年を記念してドーム投影を用いた演出「ラジャダムナン没入型ムエタイ体験」を導入した[3][7]。
興行
[編集]毎週月曜日、水曜日、木曜日、日曜日に試合がある。日曜以外は午後6時ごろより開始。なお、仏教や王室に関して重要な行事のある日は、曜日にかかわらず試合は一切行われない。試合の興行権は、審査を受け登録された公認プロモーターのみにある。新日本キックボクシング協会が自主興行を実施した事もある。
王座
[編集]男子はミニマム級からミドル級までの13階級、女子はミニマム級とバンタム級の2階級を設置し、合計15階級を設けている(2025年1月時点)[8]。女子王座は2023年12月に初めて設置され、RWS世界リーグ戦で史上初の2度優勝を達成しているソムラサムミー・マノップムエタイジムがラジャダムナンスタジアム史上初の女子王者(バンタム級)となった[9]。女子ミニマム級ではパヤーフォン・バンチャメークと伊藤紗弥によって王座決定戦が行われ、パヤーフォンが初代王座を獲得した[10]。なお、プロモーター、テレビ局などの絡みから、ONE Championshipに出場した王者は王座を返上しなければならない[11]。これにより、ONEに出場した吉成名高は強制的に返上扱いとなった[11]。
主な歴代王者
[編集]タイ人選手
[編集]- アヌワット・ゲーオサムリット(ミニフライ級・ライトフライ級・スーパーフライ級・フェザー級)
- ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(ジュニアフライ級・フライ級・ジュニアバンタム級)
- ガオグライ・ゲーンノラシン(ウェルター級・スーパーウェルター級)
- ケム・シッソーンピーノーン(スーパーフェザー級)
- ジョムトーン・チュワタナ(バンタム級・フェザー級・スーパーフェザー級)
- ジョムホート・キアタディサック(スーパーライト級・ウェルター級)
- シン・ノッパデッソーン(ジュニアウェルター級・ウェルター級)
- ソンクラーム・ポーパオイン(ミニマム級)
- ノンオー・ガイヤーンハーダオ(ライト級)
- ワチャラチャイ・ゲーオサムリット(フェザー級)
日本人選手
[編集]- 藤原敏男(1978年3月18日、ライト級)[12]
- 小笠原仁(2000年12月3日、ジュニアミドル級)[13]
- 武田幸三(2001年1月21日、ウェルター級)[14]
- 石井宏樹(2011年10月2日、スーパーライト級)[15]
- T-98(2016年6月1日、スーパーウェルター級)[12]
- 梅野源治(2016年10月23日、ライト級)[12]
- 吉成名高(2018年12月9日・2023年7月9日・2024年2月12日、ミニフライ級・フライ級・スーパーフライ級)[16][17]
- 奥脇竜哉(2019年9月9日、ミニフライ級)[13]
- 石毛慎也(2019年11月28日、ミドル級)[18]
- 松田龍聖(2024年7月14日、バンタム級)[19]
呼び方について
[編集]日本ではラジャダムナン・スタジアムの語で定着しているが、タイ国政府観光庁はラチャダムヌーンの表記を採用している。よりタイ語に近い発音はラーチャダムヌーン・スタジアムとなる。しかしタイ語での正式名称はウェーティー・ムアイ・ラーチャダムヌーン( เวทีมวยราชดำเนิน )であり、タクシーなどの運転手の一部には「スタジアム」という語が理解されない恐れもある。またルンピニー・スタジアムと違い、観客席にも冷房が効いているので、俗称としてウィッグ・エーと呼ばれることもある。
施設
[編集]バンコク・ポーンプラープ区、ラチャダムヌーンノーク通り。収容人数は1万人以上。バックパッカーの聖地として知られるカオサン通りから歩いて十数分程度とほど近いこともあり、日本人を多く含むバックパッカーの観戦者も多い。
脚注
[編集]- ^ a b c d “第22回「ムエタイにおける世界最高権威は2大スタジアム。しかし、ベルトやランキングが強さの証明とは限らない?」”. eFight (2013年3月15日). 2026年2月4日閲覧。
- ^ “ムエタイ”. タイ国政府観光庁. 2026年2月4日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “歴史”. Rajadamnern. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【ムエタイ】聖地ラジャダムナンで新基軸「ワールドシリーズ」7・22開幕、4階級で8人ずつがリーグ戦、8月大会にはブアカーオが18年ぶり出場”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ a b “【RWS】日本大会は年4回を計画、来年はワールドツアーも、S・ウェルター級王者ダニエルの相手に海人の参戦を希望”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月10日閲覧。
- ^ “【ムエタイ】“ロッタンの恋人”が81年間女人禁制だった聖地ラジャダムナンに登場、激闘を展開”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月10日閲覧。
- ^ “Immersive Experience - Muay thai experience like no other”. Rajadamnern. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【RWS】吉成名高が今年も大忙しになる!? 毎週ラジャダムナンタイトルマッチを行うことを発表、賞金も”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【RWS】78年の歴史上初となる女子王者が誕生、コロナ禍で試合が出来ず皿洗いや工場勤務で生計を立てていた苦労人に訪れた栄光”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【RWS】伊藤紗弥が敗れる、初代女子王者はパヤーフォンに。石井一成が首相撲地獄に惜敗”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ a b “【RWS】吉成名高が4月度ランキングでラジャダムナンスタジアム王者から1位に、王座は“強制返上”意外な理由”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月10日閲覧。
- ^ a b c “【ムエタイ】最高峰に異変、外国人王者が同時に4人君臨”. eFight (2017年3月1日). 2026年2月4日閲覧。
- ^ a b “【ムエタイ】竜哉が日本人8人目のラジャダムナン王者に、19年ぶり現地で獲得の快挙”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【ジャパンキック】武田幸三が2021年第一弾大会をプロデュース、大会名を「CHALLENGER」と命名”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “石井宏樹が奪取したムエタイ王座の価値。~キャリア16年目の戴冠劇~(布施鋼治)”. Number Web - ナンバー. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【RWS】吉成名高「ここで勝って誰も塗り替えられないであろう記録を僕が作りたい」そして、武尊に掛けたかった言葉とは”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “日本人が知らない偉業“ムエタイのPFP1位”吉成名高23歳は何がスゴい? 怒涛の29連勝も「まだ会場が震えるような試合はできていない」(布施鋼治)”. Number Web - ナンバー. 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【海外ムエタイ】40歳・石毛慎也が日本人9人目のラジャダムナン王座を獲得”. eFight (2019年11月30日). 2026年2月4日閲覧。
- ^ “【RWS】吉成名高がダウンを奪う完勝でV2、松田龍聖が歴史的快挙&大番狂わせ!クンスックレックをKOしてわずか13戦目でラジャ王座奪取!石井一成のリベンジならず2度のダウン奪...”. ゴング格闘技 - GONKAKU. 2026年2月4日閲覧。