佐々木基樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
佐々木 基樹
基本情報
本名 佐々木 基樹
階級 スーパーライト級
身長 169cm[1]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1975-10-27) 1975年10月27日(41歳)
出身地 東京都府中市
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 50
勝ち 40
KO勝ち 25
敗け 10
引き分け 1
テンプレートを表示

佐々木 基樹(ささき もとき、1975年10月27日 - )は、日本プロボクサー東京都府中市出身。元日本スーパーライト級王者。元OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。元OPBF東洋太平洋ウェルター級王者。帝拳ボクシングジム所属。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

来歴[編集]

小学生のころは、少林寺拳法をしていた。

桜美林高校在学中にボクシングを始める。理由は、喧嘩に強くなりたかったからだとブログに記している。2浪後に早稲田大学教育学部に進学し、当初は協栄ボクシングジムに所属。勇利アルバチャコフオルズベック・ナザロフを世界王座に導いたアレクサンドル・ジミンをトレーニングパートナーとした。

1997年2月4日、2RKO勝利でプロデビュー。

1998年11月8日、稲垣勇輝に1RKOで勝ち、東日本スーパーライト級新人王を獲得。12月8日、全日本スーパーライト級新人王決定戦で、大塚陽介に敗れた。

2000年10月20日、A級トーナメントウェルター級決勝戦で日高和彦に8R判定で勝ち優勝。

2001年10月2日、永瀬輝男の持つ日本ウェルター級タイトルに挑戦し、判定で敗れた。

2003年2月15日、チャンピオンカーニバル湯場忠志の持つ日本スーパーライト級王座に挑戦し、圧倒的不利の下馬評を覆し、9RTKO勝ちを収め、王座を獲得した。

2003年5月19日、初防衛戦で江口慎吾に5RKOで敗れ、王座から陥落した。

2005年3月5日、日本スーパーライト級王者木村登勇に挑戦し、判定で敗れた。

2005年11月26日、PABA王者でWBA世界6位のダウディ・バハリ(インドネシア)に判定で勝ち、世界ランカーになった。

2006年3月20日、山岡靖昌にドロー。7月17日、飯田幸司に判定で敗れた。この2連戦の対戦相手はいずれも日本ランキング外のノーランカーだったため、1分1敗の戦績を受け、ノーランカーとなった。

2007年2月19日、OPBF東洋太平洋ウェルター級4位のアスウィン・カブイ(インドネシア)に5RKOで勝ち、日本ランカーに復帰した。

2007年10月16日、帝拳ボクシングジムに移籍。

2008年2月16日、OPBF東洋太平洋ウェルター級王者のレブ・サンティリャン(フィリピン)に6RTKOで勝ち、王座を獲得した。

2008年6月21日、ダルシム・ナンガラ(インドネシア)に判定勝ちを収め、初防衛に成功した。

2008年12月6日、レブ・サンティリャンに7RTKO勝利を収め、2度目の防衛に成功した。

2009年7月4日、8位のデクスター・デラーダ(フィリピン)との対戦では、デラーダが偶然のバッティングで額をカットして7R1分14秒に試合が止められ、3-0の負傷判定勝利で3度目の防衛に成功した。

2009年10月3日、ウクライナドネツクでWBA世界ウェルター級王者ビチェスラフ・センチェンコ(ウクライナ)に挑戦したが0-3の判定で敗れた。日本のジムに所属する選手としてウェルター級での世界挑戦は1989年12月の尾崎富士雄以来であったが、日本のジム所属選手初となる世界同級王座獲得は果たせなかった。

2010年4月3日、韓国スーパーライト級4位の李善行(韓国)とウェルター級8回戦を行い、6RTKO勝利を収めて再起を果たした[2]

2010年7月20日、ランディ・スイコの持つOPBF東洋太平洋スーパーライト級王座に同級1位として挑戦し、2-1の判定勝利でOPBF王座の2階級制覇に成功した[3]。佐々木はこの試合に対し、東日本ボクシング協会の平成22年7月度月間最優秀選手賞を受けた[4]

2010年11月6日、7月に獲得したOPBF王座の初防衛戦をOPBF12位ゲイスラーAPと行い、序盤は相手の動きを読めず苦戦したが7Rに左フックのカウンターがヒットすると挑戦者は倒れこみ、そのまま10カウント。7RKOで初防衛に成功した[5]。以後、1度防衛。

2011年6月25日、メキシコにおいて2度目の世界挑戦として、WBC世界ライト級王者ウンベルト・ソトに挑戦したが、11R負傷判定で王座獲得はならなかった。

その後、国内でノンタイトル3連勝。

2013年5月4日、加藤善孝が持つ日本ライト級王座と空位の東洋太平洋同級王座に挑むが、判定で敗れこの試合を最後に引退。

5月19日、都内で引退パーティを開く[6]

備考[編集]

  • 2002年1月26日に魔裟斗とスパーリングを行い、2階級上[7]ミドル級)の相手ながら左フックで魔裟斗の鼻血を出させるなどした[8]
  • 所英男のパンチングコーチを務めている。

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 公式サイトの日記2001年2月2日、2004年11月29日より
  2. ^ 佐々木再起、松橋はKO敗 3日のアンダーカード ボクシングニュース「Box-on!」 2010年4月3日閲覧
  3. ^ 帝拳に8人目の王者 佐々木、スイコに逆転勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2010年7月21日閲覧
  4. ^ 7月のMVPは佐々木に 同僚亀海は敢闘賞 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年8月3日閲覧
  5. ^ 松田無念の王座転落 佐々木はTKO防衛 ダブル東洋戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年11月7日閲覧
  6. ^ 元王者 佐々木基樹の引退パーティー ボクシングニュース「Box-on!」 2013年5月20日閲覧
  7. ^ ボクシングK-1階級は異なるので単純に比較はできない。
  8. ^ 公式サイト・日記 2002年1月26日

外部リンク[編集]

前王者
湯場忠志
第29代日本スーパーライト級王者

2003年2月15日 - 2003年5月19日

次王者
江口慎吾
前王者
レブ・サンティリャン
第34代OPBF東洋太平洋ウェルター級王者

2008年2月16日 - 2009年9月(返上)

空位
次タイトル獲得者
オエワレ・オモトソ
前王者
ランディ・スイコ
第33代OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者

2010年7月20日 - 2011年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ロメオ・ジャコサレム