伊藤圭三

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伊藤圭三
Keizo Ito 2014.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道静内郡静内町
(現・新ひだか町
生年月日 (1963-03-28) 1963年3月28日(59歳)
所属団体 JRA
初免許年 1997年1998年開業)
経歴
所属 小林常泰/調教助手(1986年 - 1998年)
美浦トレーニングセンター(1998年 - )
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伊藤 圭三(いとう けいぞう、1963年3月28日 - )は日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の調教師である。札幌光星高校日本大学農獣医学部(現在の生物資源科学学部)卒業。馬術部出身。
実家は競走馬生産・育成牧場であるグランド牧場で、3代目社長(現・会長)の伊藤佳幸は実兄、4代目社長の伊藤佳洋は甥にあたる。

経歴[編集]

札幌光星高校馬術部在籍時の第35回国民体育大会の少年の部・障害飛越団体で優勝(この時の団体メンバーは現・吉澤ステーブル代表の吉澤克己)、同じく少年の部・障害飛越個人で準優勝の成績を挙げる[1]
日本大学在学中に調教師として競馬に関わっていくことを決意[2]。卒業後の1985年に競馬学校厩務員課程に進み、修了後1986年よりJRA美浦トレセンの小林常泰厩舎に調教助手として所属。1997年の調教師試験に合格、技術調教師を経て翌1998年より厩舎開業。
管理馬の多くは実家であるグランド牧場生産馬であり、芝よりダート、それも地方競馬のダートグレード競走に実績を残している。
2022年現在GI/JpnI競走の勝利こそないものの、2002年JBCクラシックプリエミネンス)、同年の秋華賞(サクラヴィクトリア)、2021年全日本2歳優駿(コンバスチョン)で2着の実績はある。
2022年、UAEダービーで海外競馬初出走を果たす(コンバスチョン:11着)。

調教師成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1998年3月7日 2回中山3日8R 4歳以上500万下 ブライテストガール 16頭 15 11着
初勝利 1998年3月14日 1回中京5日12R 4歳以上500万下 オギスイートハート 16頭 12 1着
重賞初出走 1998年5月15日 2回東京7日11R 京王杯SC アドニス 16頭 16 16着
重賞初勝利 2000年4月23日 3回京都2日11R アンタレスS スマートボーイ 16頭 1 1着
GI初出走 2000年11月25日 6回東京7日11R JCダート プリエミネンス 15頭 11 4着
GI初勝利

代表管理馬[編集]

表彰歴[編集]

  • 2002年 優秀調教師賞(関東)
  • 2019年 優秀厩舎賞(関東)5位
  • 2020年 優秀厩舎賞(関東)4位
  • 2021年 優秀厩舎賞(関東)2位

主な厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

  • 塚越一弘(元騎手、1999?年 - 2002?年、調教助手)
  • 大江原勝(2003年 - 2009年、調教助手)父は元騎手・現調教師の大江原哲
  • 橋本広喜(元騎手、2004年 - 調教助手)
  • 柴田健登(2011年 - 2012年、騎手候補生[3]) 父はJRA騎手の柴田善臣
  • 永野猛蔵(2021年 - 騎手)

脚注[編集]

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  1. ^ 国民体育大会【第1回(1946)~第65回(2010)】P265 (PDF)”. 公益財団法人日本スポーツ協会. 2022年3月12日閲覧。
  2. ^ 2015年3月27日、日本大学馬術部のFacebookに「今月の日本大学新聞に(当時)3年伊藤の父、調教師である伊藤圭三さんのインタビューが掲載されていました\(^o^)/ エンタメの『人生行路』という部分に載っています!」との投稿がある。その中で『子供のころから、いずれは競馬に携わる仕事がしたいと思っていましたね。実家の牧場は兄が継ぐことが決まっていたので、自分は調教師として競馬に関わっていこうと大学在学中に決意しました』と述べている。余談だが父圭三、子女と親子2代にわたり日本大学馬術部OBである。
  3. ^ 騎手候補生として厩舎実習で在籍していたが、2012年10月に競馬学校で行われた模擬レースに名前がなかったことから実習期間の間に競馬学校を退学していたと推される。その後JRA競馬学校厩務員課程に入学し、卒業後は高橋祥泰厩舎で調教助手、田島俊明厩舎で厩務員となったが、2021年11月3日に担当馬がJBCクラシック出走及び父である柴田善臣騎手と3年ぶりの再会を果たしたと自身のTwitterに発信したことで、JRAトレーニングセンターを退職して一度は馬の世界から離れたものの、現在は金沢競馬場で調教助手として働いていることが明らかになった。