人見東明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
人見東明

人見 東明(ひとみ とうめい、1883年(明治16年)1月16日 - 1974年(昭和49年)2月4日)は、日本詩人教育者[1]。本名は圓吉(えんきち)[1][2]昭和女子大学(日本女子高等学院)の創設者[1]

人物[編集]

岡山県に生まれる。東京出身とされる[1]早稲田大学高等師範部英語科を卒業後、讀賣新聞社に記者として勤務する。早大在学時より詩作に励み、1907年(明治40年)5月に相馬御風三木露風加藤介春野口雨情らと早稲田詩社を起こす[2]。1909年(明治42年)に加藤介春、三富朽葉、福田夕咲らとともに自由詩社を結成、口語自由詩運動の基礎を作り、新体詩の普及に努めた。また、1920年(大正9年)に日本女子高等学院(後の昭和女子大学)を創立し、教育者としての功績も残している[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e デジタル版 日本人名大辞典+Plus『人見東明』 - コトバンク
  2. ^ a b 『日本詩人全集 第二巻』神保光太郎創元社創元文庫〉、1952年、112頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]