久留島通明

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久留島通明
時代 江戸時代後期
生誕 文政11年2月25日1828年4月9日
死没 慶応4年6月11日1868年7月30日
改名 松喜代、通明
別名 兵部(通称)
戒名 円通院
官位 従五位下出雲守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家慶
豊後森藩
氏族 久留島氏
父母 久留島通容
兄弟 通明通寛花房職賀正室、山村良貴
横田某室
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久留島 通明(くるしま みちあき)は、江戸時代後期の大名。通称は兵部。豊後国森藩10代藩主。官位従五位下出雲守

略歴[編集]

9代藩主・久留島通容の長男として誕生(8代藩主・通嘉の子で通容の異母弟との説もある)。幼名は松喜代。

嘉永3年(1850年)9月29日、父の死去により家督を継いだ。同年12月16日、従五位下出雲守に叙任する。しかし生来から病弱だったため、嘉永5年(1852年)2月16日、それを理由にして家督を叔父の通胤に譲って隠居した。

慶応4年(1868年)6月11日、41歳で死去した。法号は円通院。