久留島通同

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久留島通同像(安楽寺蔵)

久留島 通同(くるしま みちとも、1759年宝暦9年)- 1798年9月19日寛政10年8月10日))は、豊後国森藩の第7代藩主。

第5代藩主・久留島光通の七男(異説有り)。第6代藩主・久留島通祐の弟。正室は島津久柄の娘。子は久留島通嘉(長男)。通称は福次郎、刀帯。官位は従五位下。出雲守。

天明5年(1785年)3月21日、嗣子の無い兄・通祐の養子となる。同年5月15日、将軍徳川家治にお目見えする。寛政3年(1791年)7月17日、養父通祐の死去により家督を継いだ。同年12月16日、従五位下出雲守に叙任する。寛政9年(1797年)5月15日、大番頭に就任する。寛政10年(1798年)、大坂城番となったが、在任中の8月10日に死去した。享年40。法号は瑞竜院。家督は長男・通嘉が継いだ。