上村幸治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
上村 幸治
(かみむら こうじ)
生誕 1年????
日本の旗 日本鹿児島県
国籍 日本の旗 日本
教育 大阪外国語大学中国語学科
職業 ジャーナリスト
獨協大学国際教養学部言語文化学科教授
活動期間 1980年 – 2005年
配偶者 あり

上村 幸治(かみむら こうじ、1958年 - 2013年1月1日)は、日本政治学者、元ジャーナリスト獨協大学国際教養学部言語文化学科教授、元毎日新聞中国総局長。

来歴[編集]

1958年鹿児島県生まれ。京都府育ち。1980年3月、大阪外国語大学中国語学科卒業後、同年4月毎日新聞社に入社。

社会部畑として、1984年グリコ・森永事件を現場で取材[1]

1987年、外信部[2]として香港支局に異動し、1991年10月迄着任。香港支局時代は、1989年6月4日第二次天安門事件を現場で取材[3]

1994年北京支局に異動し、1998年迄着任。1999年ニューヨーク特派員を経て、ニューヨーク支局長へ昇進。支局長時代は2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件を現場で取材。2003年、人事にて中国総局長へ着任。

2005年、早期に毎日新聞社退社し、獨協大学へ移籍。外国語学部言語文化学科専任講師として、専攻は、現代中国論、中国語国際関係論を担当。2006年、同大学外国語学部言語文化学科教授、2007年、同大学国際教養学部言語文化学科教授を担当。 同年『周恩来秘録』(上・下巻)が第19回 アジア・太平洋賞の大賞を受賞[4]

2011年頃から、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い[5][6]2013年1月1日神奈川県秦野市の病院で死去[7]。享年54。

人物[編集]

毎日新聞記者時代の上司に、同じ番組に出演していたジャーナリストの重村智計がいた[8]

中華人民共和国との繋がりから中華民国台湾)、北朝鮮韓国情勢を論評することがある[9]中国共産党に対しては批判的だが、現代中国文化への愛情は強い。特に中国の若者たちのネット上での活動に興味を示した。

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

  • 垂水健一・王小燕『アジアカップ・サッカー騒ぎはなぜ起きたのか―その真相・背景・今後を考える』(日本僑報社, 2004年)
  • 朱建栄『チャイナシンドローム―日中関係の全面的検証』(駿河台出版社, 2006年)

訳書[編集]

出演番組[編集]

テレビ[編集]

参考文献[編集]

  • 『香港狂騒曲』(岩波書店, 1994年)
  • 『中国 権力核心』(文藝春秋, 2000年)
  • 『周恩来秘録』(上・下、文藝春秋, 2007年)

脚注[編集]

  1. ^ 2006年10月3日(レギュラー初登場時の自己紹介に拠る。)
  2. ^ 愛知大学 学会通信(1998年4月から6月)
  3. ^ 天安門事件 その日の整理部 新編集講座 ウェブ版 第29号 2015年6月1日
  4. ^ アジア・太平洋賞 歴代受賞作品一覧
  5. ^ ジャーナリスト中島恵のブログ ALSと闘って・・・ 2013年1月4日
  6. ^ twnomicsのツイート(287560852792565760)
  7. ^ 上村幸治氏死去(獨協大教授、元毎日新聞中国総局長) 時事通信 2013年1月3日閲覧
  8. ^ 『ムーブ!』2006年12月26日
  9. ^ 毎日新聞 東京本社版 「発信箱」2004年12月9日他、『サンデー毎日』2007年2月4日号「インサイド中国」

外部リンク[編集]