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レイリー散乱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日没1時間後に高度500mから見た日没方向の水平線

レイリー散乱(レイリーさんらん、: Rayleigh scattering)とは、波長よりも小さいサイズの粒子密度ゆらぎによる光散乱であり、短波長の光ほど強く散乱されるという特徴がある。透明液体固体中でも起きるが、典型的な現象は気体中の散乱であり、日中の晴天時のく見えるのは、レイリー散乱の波長依存性によるものである。レイリー散乱という名は、この現象の説明を試みたレイリー卿にちなんで名付けられた[1][2][3][4][5][6]

歴史

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1869年、ティンダルは、微細な粒子によって散乱された光が青みを帯びることを発見し(チンダル現象)、同様の散乱が空の青色の原因である可能性を示唆した[7]。しかし、青色が強く散乱される理由を定量的に説明することはできなかった。

1871年、レイリー卿は、微小粒子による光散乱を理論的に解析し、散乱強度が光の波長の4乗に反比例することを示した[8]。この関係は後にレイリー散乱と呼ばれるようになった。レイリーは当初、散乱体を大気中に浮遊する水滴などの微粒子と考えていた。 その後、マクスウェル気体分子運動論の立場から、散乱体は空気分子そのものであるとする考えを示した。これを受け、レイリーは1899年に散乱理論を個々の分子に適用し、散乱強度を分子の分極率によって記述した[9]

しかし、分子数密度が完全に一様であれば、各分子からの散乱光は互いに干渉して打ち消し合い、単純な分子散乱モデルでは説明できない問題が残った。この点について、スモルコフスキー英語版は1908年、空気の密度が分子の熱運動によって微視的に揺らいでいることを指摘し、密度ゆらぎが散乱の起源となることを示した[10]。 さらに1910年、アインシュタインはこの理論を定式化し、密度ゆらぎと散乱強度との関係を明確にした[11]

理論

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散乱体の大きさを特徴づける無次元量として、次のサイズパラメータが用いられる。 ここで 円周率 は散乱体の半径 は(媒質中の)電磁波波長である。 の極限では、散乱体全体がほぼ同位相で分極し、電気双極子として放射するとみなすことができる。 この極限がレイリー散乱であり、粒径が波長の10分の1以下で成り立つ近似として知られている[12]ミー散乱幾何光学近似で表現される。

双極子モデル

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レイリー極限では、散乱体は誘起双極子として扱え、双極子モーメント と書ける。ここで は散乱体の分極率 は入射電場である。

以下では、単一の散乱体から放射された散乱光が、散乱体から距離 にあり、入射光の進行方向に対して角度 の方向に位置する観測点で測定される電磁波の強度(光度)を考える。真空の誘電率 とする。 このとき、非偏光光(光度 )に対する散乱強度 は、SI単位系 と表される[13]。 この式は、レイリー散乱に特徴的な の波長依存性を示している。

誘電体球モデル

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散乱体を半径 屈折率 の等方的な誘電体球と近似する。非磁性媒質では屈折率は比誘電率 の関係にある。絶対誘電率 で定義される。

この近似の下で、単一粒子による散乱強度は で与えられる[14]

このモデルにおける分極率は、SI単位系で と表され、前節の分極率表示と等価である。

散乱強度を全立体角積分すると、レイリー散乱の散乱断面積が得られる[15]

密度ゆらぎによる散乱

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気体液体を連続媒質として扱う場合でも、熱運動に起因する密度ゆらぎは局所的な誘電率 のゆらぎを生じる。体積 の領域における絶対誘電率のゆらぎの分散 とすると、距離 の点に散乱される強度は、SI単位系で と表される[16]

散乱の角度依存性と偏光

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レイリー散乱の角度分布と偏光

右図は、レイリー散乱の散乱方向による強度分布と偏光の様子を示している。散乱体は原点にあり、入射光は +x 方向に進む。入射光が非偏光である場合、y 成分と z 成分の強度は等しい。入射方向(+x)と観測方向のなす散乱角を θ とする。

赤と青のグラフは、x–y 面内に散乱された光の各偏光成分の散乱強度を表す。I(赤)は x–y 面に垂直な偏光成分、I(青)は x–y 面内の偏光成分である。I は角度に依らず等方的であるのに対し、I は cos2θ に比例するため、∞(8の字)状の角度分布となる。全散乱強度(I + I)は 1 + cos2θ に比例する。

この結果、θ = 0°(前方)および θ = 180°(後方)では I = I となり、散乱光は非偏光となる。一方、θ = 90°(+y 方向)では I = 0 となるため、散乱光は x–y 面に垂直な z 軸方向の直線偏光となる。その他の散乱角では部分偏光となる。

同様に、観測方向を +z 方向にとると、x–z 面内の成分が 0 となり、散乱光は入射方向(+x)に垂直な y 軸方向の直線偏光となる。

大気におけるレイリー散乱

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散乱された青色光は偏光している。右の写真は偏光フィルターを通して撮影したもの。偏光板は特定の方向に直線偏光した光のみを透過する。
遠くのほどみを帯びる
海面に落ちる太陽光。落ちる光は同じ色だが、遠いほど橙色に見える

日中の晴天時に空が青く見えるのは、太陽光大気中でレイリー散乱を受けるためである。散乱光は 1 + cos2 θ の角度依存性はあるものの、四方八方へ飛ぶ。散乱強度は光の波長のマイナス 4 乗(λ−4)に比例するため、波長の短い青色の光は、波長の長い赤色の光よりも強く散乱される。そのため散乱光は青みを帯びて観測者に届き、青空として認識される。なお、レイリー散乱を起こす散乱体は、高密度の大気下層では個々の分子ではなく、空気の密度ゆらぎである[10][11]

夕焼けや朝焼けは、太陽地平線に近づき、大気を通過する光路長が日中に比べて長くなることで生じる。長い光路を経て青色光が散乱によって弱まり、散乱を受けにくい赤色光が相対的に強くなるため、太陽やその周辺の空が赤く見える。皆既月食では、地球大気を通過して赤くなった光が月面に届くため、赤銅色に見える。

レイリー散乱は、空の色だけでなく遠くの景色の色にも影響を及ぼす。遠くのが青みを帯びて見えるのは、視線上の大気中で日光が散乱され、その青色成分が重ね合わさるためである。また、遠方の海面に落ちた太陽光が橙色に見えるのは、散乱によって青色成分が減少し、赤色成分が相対的に強く残るためである。

一部には、レイリー散乱は高度数十キロメートル以上の高層大気でのみ起こるとする説がある[17][18][19]。この説では、下層大気では分子数密度が高く、各分子からの散乱光が互いに干渉して打ち消し合い、前方散乱のみが残るため、横方向への散乱は生じないと説明される。 しかし実際には、下層大気でも空気分子の熱運動に起因する微視的な密度ゆらぎが存在し、これがレイリー散乱を生じさせている[10][11]。遠くの景色が赤くならないのは、散乱が起こらないためではなく、散乱された青色光が観測者の視線方向に加えられるためである。遠くの山が青く見えることはその典型例である。また、成層圏(高度約10 km~約50 km)から見た上空は暗いという観測事実ともつじつまが合わない。

応用におけるレイリー散乱

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光学計測

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特徴としては、信号強度が分子数の密度に比例し、分光法より高強度であることが挙げられる。トレーサーとしては散乱断面積の大きい物質が用いられる。

気象レーダーは、直径 1mm 程度の雨粒や雪などの粒子によるレイリー散乱を利用する。霧雨(直径 0.5mm 以下)が捉えられにくいのは、小さな粒子の散乱強度が著しく小さい(粒子の直径の6乗 d6 に比例する)ためである[20]

光ファイバー内の信号の減衰

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光ファイバーを伝わる光の減衰は、主にレイリー散乱によって引き起こされる。散乱は添加物の組成ゆらぎと光ファイバーを構成するガラスの密度ゆらぎによるものであり、これらの抑制が伝送損失の低減につながる[21]

脚注

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出典
  1. ^ Strutt (1871a)
  2. ^ Strutt (1871b)
  3. ^ Strutt (1871)
  4. ^ Strutt (1881)
  5. ^ Strutt (1899)
  6. ^ レイリー散乱 - コトバンク(法則の辞典)
  7. ^ Tyndall, John (1869). “On the blue colour of the sky, the polarization of skylight, and on the polarization of light by cloudy matter generally”. Proceedings of the Royal Society of London 17: 223–233. doi:10.1098/rspl.1868.0033. 
  8. ^ Strutt, J. W. (1871). “On the scattering of light by small particles”. The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science 41 (275): 447–454. doi:10.1080/14786447108640507. 
  9. ^ Rayleigh, Lord (1899). “On the transmission of light through an atmosphere containing small particles in suspension, and on the origin of the blue of the sky”. The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science 47 (287): 375–384. doi:10.1080/14786449908621276. 
  10. ^ a b c Smoluchowski, M. (1908). “Molekular-kinetische Theorie der Opaleszenz von Gasen im kritischen Zustande”. Annalen der Physik 25: 205–226. doi:10.1002/andp.19083300102. 
  11. ^ a b c Einstein, Albert (1910). “Theorie der Opaleszenz von homogenen Flüssigkeiten und Flüssigkeitsgemischen in der Nähe des kritischen Zustandes”. Annalen der Physik 33: 1275–1298. doi:10.1002/andp.19103301602. 
  12. ^ Blue Sky and Rayleigh Scattering. HyperPhysics.phy-astr.gsu.edu.
  13. ^ Rana, Farhan. “Electromagnetic Scattering”. 2025年12月17日閲覧。
  14. ^ Seinfeld, John H.; Pandis, Spyros N. (2006). “15.1.1”. Atmospheric Chemistry and Physics: From Air Pollution to Climate Change (2 ed.). John Wiley & Sons. ISBN 9780471720188 
  15. ^ Cox, A.J. (2002). “An experiment to measure Mie and Rayleigh total scattering cross sections”. American Journal of Physics 70 (6): 620. Bibcode2002AmJPh..70..620C. doi:10.1119/1.1466815. 
  16. ^ Hecht, Eugene (2017). Optics (5 ed.). Pearson. pp. 159–167. ISBN 9780133977226 
  17. ^ 籔内一博「空が見せる多彩な色―光の進み方を理解する―」『化学と教育』第65巻第1号、日本化学会、2017年、28–31頁、doi:10.20665/kakyoshi.65.1_28 
  18. ^ 誘電関数って何だ? : 3. 光と電子はダンスを踊る”. 徒然「光」基礎講座. 有限会社テクノ・シナジー. 2023年3月12日閲覧。
  19. ^ 線形振動子(電気双極子)による電磁波の放出”. FNの高校物理. 2025年12月18日閲覧。
  20. ^ 「雨雲の動き」の留意点”. tenki.jp. 2024年7月21日閲覧。
  21. ^ 山本義典、低損失光ファイバ”. J-STAGE. 2024年7月21日閲覧。

参考文献

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原論文

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書籍

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関連項目

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  • ミー散乱 - レイリー散乱と違い、光の波長と同程度かそれよりも大きいサイズの粒子による光の散乱。火星のような低重力の環境では塵が多くなり、レイリー散乱よりミー散乱の影響が大きくなる。
  • トムソン散乱 - 散乱体となる粒子が自由電子などの荷電粒子とした場合の散乱。
  • RGB - 光の三原色。赤・緑・青の三原色で構成され、すべての色が強くなると眩しく白くなり、弱くなると暗く黒くなる。
  • 散乱日射英語版(天空散乱日射)

外部リンク

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