ルネ・マクリーン

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ルネ・マクリーン
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク・シティ
担当楽器

テナー・サクソフォン

フルート尺八ピアノ

ルネ・マクリーンRené McLean)ことリネイ・プロフィット=マクリーン(Renè Profit-McLean)はアメリカ合衆国ハードバップジャズのミュージシャン。ムハマッド・アル・アミーン・アブダル・カリーム(Muhammad Al Amien Abdul Kariem)というイスラム名を持つ。テナー・サクソフォンフルート尺八ピアノを演奏するマルチプレイヤーであり、さらには舞台俳優ダンサーとしても活動している。また、マサチューセッツ大学ハートフォード大学新校舎において教鞭を執っている。

略歴[編集]

ニューヨーク・シティに生まれ、高名なアルト・サクソフォン奏者である父ジャッキーより最初の器楽教育を受けた[1]後、ソニー・ロリンズジョージ・コールマンにも師事する。1963年に、エディー・ゲイルラリー・ウィリスアラン・シルヴァをメンバーに迎えて自身のバンドを結成するが、その後さらにジャッキー・バイアードバリー・ハリスに薫陶を受けた。クラーク・テリー・ユースバンド(Clark Terry Youth Band)にも在籍している。

1970年から1973年までティート・プエンテ楽団のメンバーとなり、後にサム・リヴァースディジー・ガレスピーフランク・フォスターホレス・シルヴァーグラシャン・モンカー3世ババトゥンデ・オラトゥンジライオネル・ハンプトンレイ・チャールズと共演した。1970年代半ばからは、ウディ・ショウルイ・ヘイズらとクィンテットを組んでいる。一方で1970年より、父ジャッキー・マクリーンと共同でバンドを統率し、『ニューヨーク・コーリング(New York Calling)』(1974年)や『ダイナスティ(Dynasty)』(1988年)、『ライツ・オブ・パッセージ(Rites of Passage)』(1991年)などのアルバムを発表してきた。また、ジョー・チェンバースアビー・リンカーンミリアム・マケバジャコ・パストリアスとも録音を行なっている。

1980年代ヒュー・マセケラアフリカで演奏旅行や数多くの録音を重ね、南アフリカ共和国の女性と結婚してからは、1984年よりアメリカ合衆国と同国を往復して、録音や教育に携わっている。ニューヨーク音楽大学およびマサチューセッツ大学音楽を修めた後、1986年に、日米友好委員会および国立芸術基金より創造的芸術家奨学金を受けて日本に定住し、日本の伝統文化(伝統音楽及び伝統美術)を研究するかたわら、演奏・教育にも携わった。マリオン・ブラウンタイロン・ワシントンユセフ・ラティーフウディ・ショウ、オナジェ・アラン・ガンブスとも共演して録音を行なっている。

註釈[編集]

  1. ^ Allmusic biography