ランシット・インターナショナルボクシングスタジアム

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ランシット・インターナショナルボクシングスタジアムは、タイパトゥムターニー県タンヤブリー郡、ランシット市にある国技ムエタイおよびボクシング専用の競技施設。首都バンコクラジャダムナンルンピニー両スタジアムという二大殿堂に次ぐ、常設施設の中では権威をもつムエタイ試合会場、第三のメジャースタジアムである。収容人数は二大殿堂の半分以下の4000人。観客席にも空調設備があり快適に観戦できるが、試合の質に大きなバラつきがあり、付近に住宅地や商業地が少ないことと駐車場がないことなどからも、知名度も観客動員数も二大殿堂に遅れをとっている。二大殿堂は権威ある施設のため女性は試合はおろかリングに上がることもできないが、このランシットではそれが可能。

ムエタイ学校を併設し、数多くの欧米人・日本人がムエタイを学んでいるという。この学校でムエタイを学びながら、スタジアムで試合をする選手も多い。そうしたニーズを踏まえ、このスタジアムでは新たにインターナショナル王座を認定することになり志朗が初代バンタム級王者になった。日本後楽園ホールでの新日本キックボクシング協会の興行内でタイトルマッチを実施した。

ラジャダムナンに併設のTBC(タイ王国ボクシングコミッション)事務局とも協力関係にある。

概要[編集]

  • 1962年タイ仏歴2505年)に国際競技としてのムエタイの地位を高めるために創設された。ムエタイを学ぶ外国の人を積極的に受け入れ、ムエタイの国際普及に貢献してきた。その外国の人たちの中で、日本からは特にムエタイを学ぶために多くの若者が試合をした。
  • 何度かの改築を経て、現在のものと同じ状態が完成した。ムエタイ会場の中でも衛生的で近代的な設備を誇り、日本の格闘技会場ではディファ有明に近い。
  • 1987年8月3日、当時中学校卒業まもない15歳で後の全日本キックボクシング連盟フェザー級王者立嶋篤史がデビュー戦でサクチャイ・キャットチャウオーに5R判定負け。
  • 2014年7月6日日本VSタイ国別対抗戦「KICK REVOLUTION」開催された。日本が5戦全勝。大将戦で122P契約3分5R志朗VSセーングサクッダー・チョーワチラは判定勝、志朗は翌春の同大会でもトングサーム・ソーグルウォンに5R判定勝ちを収めた。

試合開催日[編集]

毎週月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、日曜日に試合がある。日曜以外は午後6時ごろより開始、毎週日曜と火曜に行なわれる定期戦はテレビでも放送されている。ルンピニーと異なり初めから第1試合と数える。日曜は若手の選手の出場が多く、技術的にはやや未熟であるがその分KO試合も多い。「クーエーク」(คู่เอก)と呼ばれるメインイベントは、第7試合か第8試合が多いが流動的である。メインイベントは最終試合ではなく、その後にややレベルの落ちる選手の試合が2試合ほどあり、その中には若手選手の国際式ボクシングの試合がしばしば含まれる。なお、仏教や王室に関して重要な行事のある日は、曜日にかかわらず試合は一切行われない。

スタジアムの運営[編集]

プロモーター[編集]

試合の興行権は、審査を受け登録された公認プロモーターのみにある、代表格はナリス・シンワンチャー。同支配人アムヌアイ・ケスバムルングが興行主務める場合もある。

アクセス[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]