マーシフル・フェイト

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マーシフル・フェイト
Mercyful Fate
出身地 デンマークの旗 デンマーク
コペンハーゲン
ジャンル ヘヴィメタル[1]
ブラックメタル[1]
活動期間 1980年 - 1985年
1992年 - 1999年
レーベル ロードランナー・レコード
メタル・ブレイド・レコーズ
マサカー・レコード
メンバー キング・ダイアモンド
ハンク・シャーマン
マイク・ウェッド
シャーリー・ダンジェロ
ビヨン・T・ホルム
旧メンバー マイケル・デナー
ティミ・ハンセン
キム・ラッズ
スノーウィ・ショウ

マーシフル・フェイトMercyful Fate)は、デンマークヘヴィメタルバンドキング・ダイアモンドヴォーカル)とハンク・シャーマンギター)を中心に、1980年代前半に活躍。1992年に再結成、1999年に再び解散した。

略歴[編集]

ブラック・ローズというバンドにいたキング・ダイアモンドと、ブラッツというバンドにいたハンク・シャーマンが出会い、そこにマイケル・デナー(ギター)とティミ・ハンセン(ベース)が加わり、マーシフル・フェイトが生まれた。ドラマーとしてキム・ラッズを迎え、1982年、『Rave-On Records』というインディーズ・レーベルからミニ・アルバム『マーシフル・フェイト』を発表。本作は、今もこの形ではCD化されていないが、後に『ロードランナー・レコード』が出したコンピレーション・アルバム『In The Beginning』に、4曲とも収録された。

その後『ロードランナー・レコード』と契約し、『メリッサ』(1983年)で本格的にデビュー。キングの特異な声と、ハンクの生み出す捻れたギターリフが相乗効果となって、独特の恐怖世界を創造した。続く『ドント・ブレイク・ジ・オース』(1984年)では、美しいメロディも取り入れて、更に深みのある世界を築き上げた。

しかし、ハンクがポップな要素をバンドに取り入れようとして、他のメンバーと衝突し、バンドは解散。キングはマイケルとティミを連れてキング・ダイアモンドを結成し、マーシフル・フェイトの世界観を継承。一方のハンクは、フェイトというバンドを結成し、よりポップで美しいハード・ロックを追究した。

その後ハンクはフェイトを脱退し、ZOZER MEZというプロジェクトを開始する。一方のキングも、バンドとしてのキング・ダイアモンドが活動停止状態になっていた。キング、ハンク、マイケル、ティミの4人が再び集まり、キング・ダイアモンドのメンバーだったスノーウィ・ショウ(ドラム)を迎えて、1992年にマーシフル・フェイト復活。新たに『メタル・ブレイド』と契約し、1993年には『イン・ザ・シャドウズ』を発表した。本作には、メタリカのドラマーであるラーズ・ウルリッヒもゲスト参加。

しかしその後、ティミが家庭の事情で脱退。後任にシャーリー・ダンジェロを迎え、『ドント・ブレイク・ジ・オース』以来の傑作と言える『タイム』(1994年)を発表するが、その後スノーウィも脱退し、ビヨン・T・ホルムが加入。更にマイケルも脱退し、『デッド・アゲイン』(1998年)では、元キング・ダイアモンド~ミメント・モーライのマイク・ウェッドが加入。メンバーは流動的になっていった。そして、『9』(1999年)を最後に再び解散。キングは、既にマーシフル・フェイトと掛け持ちで活動していたキング・ダイアモンドに専念し、ハンクはフォース・オブ・イーヴルというバンドを結成、シャーリーはアーチ・エネミーに加入。

2011年12月7日、カリフォルニアのフィルモアで行われたメタリカの30周年記念コンサートにおいて、キング、ハンク、マイケル、ティミの4人は再び集まり、彼らと共にメタリカの『ガレージ・インク』収録の「マーシフル・フェイト」を演奏した。

カヴァー[編集]

メタリカカヴァー・アルバム『ガレージ・インク』(1998年)には、「Mercyful Fate」という曲が収録されている。これは、「Evil」「Curse Of The Pharaohs」「Satan's Fall」「A Corpse Without Soul」「Into The Coven」といった、マーシフル・フェイトの初期の代表曲をメドレーにしたもの。以前から彼らのファンだったラーズ・ウルリッヒらしい選曲である。

ディスコグラフィー[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b Mercyful Fate reviews, music, news - sputnikmusic・2016年4月4日閲覧。

関連項目[編集]