マルタ会談 (1945年)

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1945年マルタ会談:Malta Conference)は、第二次世界大戦末期の1945年1月30日から2月3日まで、アメリカ合衆国フランクリン・ルーズベルト大統領とイギリスウィンストン・チャーチル首相の間でマルタ島で行われた会談である。

内容[編集]

会談の目的は統合参謀本部(CCS)によりドイツに対する最後の戦いの計画を行うことであった。両リーダーは、赤軍が中央ヨーロッパまで前進することは望ましくないと言う点に同意した。他にホロコーストによる数百万人の難民をどうするかと言う点を議論した。

会談は、ARGONAUT&CRICKET(アルゴーとクリケット)のコードネームで呼ばれた。

マルタ会談は1989年12月2日に開始されたが、ルーズベルトは会談の最終日の2月2日まで到着しなかった[1]

参加者[編集]

会談の参加者は、以下のとおり。

であった。

1945年1月30日[編集]

1945年1月30日午前10時、統合参謀本部はマルタのモントゴメリーハウスに集まった。参加者は、マーシャル陸軍元帥、キング海軍元帥、クッター少将、サマヴェル中将、スミス中将、ダンカン少将、マーコミック少将、ブル少将、ハル少将、ウッド少将、アンダーソン少将、ラウツェンハイザー准将、リンセイ准将、マクディル大佐、ペック大佐、リンコン大佐であった。

最初の数分で、彼らは次回のアメリカとイギリスのスタッフ会議と、物資輸送の状況報告、北西ヨーロッパにおける戦略に関して話し合う内容をまとめた[1]

参考文献[編集]

  1. ^ a b c United States Department of State Foreign relations of the United States. Conferences at Malta and Yalta, 1945 Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, 1945 lxxviii, 1032 p., [11] p. of plates : ill., folded maps (1 col.) : 24 cm.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]