ビアンカ・マリア・スフォルツァ

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ビアンカ・マリア・スフォルツァ
Bianca Maria Sforza
サヴォイア公妃
神聖ローマ皇后
Giovanni Ambrogio de Predis - Blanca Maria Sforza (c. 1493, National Gallery of Art) crop.jpg
出生 1472年4月5日
パヴィーア
死去 1510年12月31日
インスブルック
配偶者 サヴォイア公フィリベルト1世
  神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世
父親 ミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ
母親 ボナ・ディ・サヴォイア
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ビアンカ・マリア・スフォルツァ(Bianca Maria Sforza, 1472年4月5日 - 1510年12月31日)は、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の皇后、2度目の妻。スフォルツァ家の出身。

ミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァと妃ボナ・ディ・サヴォイアの長女としてミラノ公国の都市パヴィーアで生まれた。

1474年1月、サヴォイア公フィリベルト1世と2歳で結婚したが、1482年に死別しミラノに帰国した。

1494年3月16日、マクシミリアン1世と再婚した。子供には恵まれなかった。

1510年12月31日、インスブルックで死去した。

関連項目[編集]