プラークラベーン

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プラークラベーン
保全状況評価[1]
ENDANGERED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 軟骨魚綱 Chondrichthyes
: トビエイ目 Myliobatiformes
: アカエイ科 Dasyatidae
: イバラエイ属 Urogymnus
: U. polylepis
学名
Urogymnus polylepis
(Bleeker, 1852)
シノニム
  • Himantura chaophraya (Monkolprasit & Roberts, 1990)
  • Trygon polylepis Bleeker, 1852
  • Himantura polylepsis (Bleeker, 1852)
英名
Giant freshwater stingray
分布域。確実な記録のみ[1]

プラークラベーン(学名:Urogymnus polylepis、英:Giant freshwater stingray)は、アカエイ科に属する世界最大淡水エイ標準和名が存在しておらず、日本ではUrogymnus polylepis以前に学名として使われたヒマンチュラ・チャオプラヤ Himantura chaophraya と呼ばれる事がある[2]東南アジアボルネオ島に分布し、大規模な河川河口に生息するが、過去には南アジアと東南アジアに広く分布していた可能性がある。世界最大の淡水魚で、アカエイ科最大種でもあり、体盤幅2.2 m、体重300 kgに達することもある。体盤は比較的薄い楕円形で、幅は前方が最も広く、吻は鋭く尖る。尾は細く鞭状で、皮褶は無い。背面は一様に灰褐色で、腹面は白色。胸鰭と腹鰭の後縁には、特徴的な幅広の暗色帯がある。

砂地や泥地に生息する底魚で、小魚や無脊椎動物を捕食する。産仔数は1 - 4で、胎仔は母親の子宮乳によって維持される。食用、スポーツフィッシング、飼育の為の漁獲に加え、生息地の劣化と断片化の影響を受けており、タイ中部とカンボジアでは大幅に個体数が減少した。これにより国際自然保護連合(IUCN)は本種を絶滅危惧種に指定した。

分類・名称[編集]

淡水エイでは珍しいアカエイ科の種。以前はアミメオトメエイ属(Himantura)に分類されていた。オランダ魚類学者であるピーター・ブリーカーによって、1852年の「Verhandelingen van het Bataviaasch Genootschap van Kunsten en Wetenschappen」の中で初めて記載された。ブリーカーの記述は、インドネシアジャカルタで収集された体盤幅30 cmの幼魚の標本に基づいたものであった。ブリーカーは種小名をギリシア語poly(多くの)とlepis(鱗)からpolylepisとし、Trygon(現在はDasyatisのシノニム)に分類した[3][4]。その後ブリーカーの記述はほとんど見落とされ、1990年にSupap MonkolprasitとTyson R. Robertsによって魚類学雑誌の中でHimantura Chaophrayaとして記載され、これが広く使用された[5]。2008年、Peter LastとB. Mabel Manjaji-Matsumotoは、T. polylepisH. chaophrayaは同種であると確認し、ブリーカーの記載が先であったため、本種の学名はHimantura polylepisとなった[1][6]。giant freshwater whipray、giant stingray、freshwater whiprayと呼ばれる[7]

南アジア東南アジアオーストラリアには淡水河口に生息するエイが分布しており、暫定的に本種に同定されている。オーストラリアのものは2008年にUrogymnus dalyensisとして記載された。ニューギニアのものはU.dalyensisであると考えられる[6]。1909年にNelson Annandaleによって記載されたインド産のTrygon fluviatilisは本種と似ており、同種である可能性がある[5]。一方で塩基配列アミノ酸配列には大きな違いがある[8]。本種の個体群の分岐の程度を評価し、更なる分類学的区別の必要性を判断するには更なる研究が必要[1]

2012年に行われたアカエイ科のミトコンドリアDNAに基づく系統解析では、本種はイバラエイに最も近縁であり、mangrove whipray(U. granulatus) とtubemouth whipray(U. lobistoma)とクレードを形成することが示された。これによりイバラエイ属が側系統群である可能性が高まった[9]

分布[編集]

インドシナ半島ボルネオ島東部に分布し、大河川とその河口に生息する。分布域はインドシナ半島ではメコン川からタイのチエンコーン郡まで至り、チャオプラヤー川ナーン川メークローン川バーンパコン川タピ川まで広がり、ボーラペット湖でも見られたが、現在は絶滅している。ボルネオ島では、カリマンタンマハカム川サバ州キナバタンガン川などで見られる。キナバタンガン川では一般的だが、捕獲されることは稀。サラワク州からも報告されているが、過去25年間の調査では発見されていない。ジャワ島は本種のホロタイプの産地であるが、最近の河川調査では記録されていない。

インドガンジス川ベンガル湾からのTrygon fluviatilisとしての記録はHimantura fluviatilisの可能性が高いが、2022年には本種がミャンマーカラダン川マユ川に生息していることが確認された[10]

別々の河川の個体群は、おそらく互いに隔離されている。汽水域にも生息するが、海水域に進出した証拠は無い。砂地や泥地を好む底魚[1]。人口の多い都市の付近で見つかることがある。

形態[編集]

体盤は薄く楕円形で、僅かに横幅が長く、横幅は前部が最も長い。吻は基部が幅広く、先端は尖っており突き出ている。眼は小さく、間隔が広い。眼の後ろには大きな噴水孔がある。鼻孔の間には短い皮褶がある。口は小さく緩やかなアーチ状で、口底には4 - 7個の乳頭状突起(中央に大きな2 - 4個、側面に小さな1 - 4個)がある。歯は小さく丸く、石畳のように帯状に並ぶ。腹側には5対の鰓孔がある。腹鰭は小さく薄い。成熟した雄は比較的大きなクラスパーを持つ[4][5]。尾は細く円筒形で、体盤の1.8 - 2.5倍の長さで、皮褶は無い。尾の基部近くには鋸歯状の尾棘が1本ある[4]。尾棘は最大38 cmで、アカエイ科では最大。

眼の前から尾棘まで、体盤背面に棘が帯状に並ぶ。体盤の中心には4 - 6個の大きな棘が正中線上に並んでいる。体盤背面の残りの部分は小さな皮歯で覆われ、尾も尾棘より先は鋭い棘で覆われる。背面は灰褐色で、縁に向かって黄色または桃色がかる。生時皮膚は暗褐色の粘液で覆われている。腹面は白く、胸鰭と腹鰭の後縁に小さな斑点で縁取られた幅広の暗色帯がある。尾は尾棘より先が黒い[4][5][11]。少なくとも体盤幅1.9 m、全長5.0 mに達し、体盤幅5 m、全長10 mに達する可能性もある[11]。メコン川とチャオプラヤー川で体重500 - 600 kgの個体が報告されているが、実在する可能性はある。1,500 - 2,000 kgになる可能性もあり、事実ならば世界最大の淡水魚である[5]

メコンオオナマズヨーロッパオオナマズピラルクーと並び世界最大の淡水魚のうちの一つと数えられている。2022年にカンボジアで体盤幅2.2 m、全長3.98 m、体重300 kgの個体が捕獲され、メコンオオナマズを超え世界最重量の淡水魚(チョウザメはこれを超えるが、遡河性である)として記録された[12][13][14]。2008年3月にはチャチューンサオ県近郊で、尾を含めた全長が4.3 mの個体が発見された。

生態[編集]

標本にされた個体(バンコク パタ動物園)

貝類甲殻類軟体動物などの無脊椎動物や小魚を主な食料とし、ロレンチーニ瓶を用いて獲物の生体電位を感知する[11]。川岸のミミズを食べる姿が目撃される[1]卵胎生であり、妊娠期間が長い。子宮内では胎仔が卵黄を食した後、子宮ミルク[注釈 1]で栄養を与えられる[7]。産仔数は1 - 4で、仔エイは出生時体盤幅が30 cm前後である。妊娠中の雌が河口でよく見られ、出産場所となっている可能性がある。雄は体盤幅1.1 m程で性成熟する。その他の生活史の詳細は不明[1][5]。寿命は不明だが40年以上生きると予想される。

本種の寄生虫には、多節条虫亜綱Acanthobothrium asnihaeA. etiniA. masnihaeA. salikiA. zainaliRhinebothrium abaiensisR. kinabatanganensis、およびR. megacanthophallusが含まれる[15][16]

人間との関係[編集]

ヒトと並んだ写真
板橋で飼育されている個体

攻撃的ではないが、尾棘は有毒な粘液に覆われており、骨も貫通する。分布域全体で延縄漁混獲され、刺し網や罠でも稀に混獲される[11][17]。捕獲は難しく、仕掛けに掛かると泥の下に埋まって持ち上がらなくなったり、ボートを引きずったり、水中に引きずり込んだりする。肉と軟骨が使用され、大きな個体はカットされて販売される[7]。食用にされない場合でも、漁師によって殺されたり、傷つけられたりすることがある[17]。皮が靴などに利用されることもある。メークローン川バーンパコン川では、スポーツフィッシングや水族館での展示、アクアリウムでの飼育の為、漁獲の対象となることが増えている。しかしスポーツフィッシングにおいてはキャッチアンドリリースが広く行われておらず、放流後の生存率は不明である。また飼育も難しく、水槽内では長生きしないことが多い。このため本種への影響が懸念されている[1]

乱獲、森林伐採、土地開発、河川の堰き止めによる生息地の悪化が本種の脅威である。ダムの建設により個体群が分断され、遺伝的多様性が減少し、個体群の絶滅可能性が高まっている[17]。本種は繁殖率が低く、これらの圧力に弱い。タイ中部とカンボジアでは過去20 - 30年で個体数が30 - 50%減少し、個体数が95%減少したと推定される場所もある。サイズも大幅に減少し、カンボジアで漁獲された個体の平均体重は1980年に23.2 kgであったのが2006年には6.9 kgまで減少した。ボルネオ島などの個体群についてはほぼ不明。

2016年にはタイのメコン川に産業排水が流出し、本種を含む多くの魚類が大量死した[18]。この件を受け2019年にタイ当局は廃水を排出した企業に損害賠償を請求した[19]

国際自然保護連合(IUCN) は、本種を絶滅危惧種、タイでは近絶滅種としている[1][20]。1990年代、タイ政府は、生息地の劣化の問題が解決されるまで、本種を含めた淡水エイの個体数を増加させるために、チャイナート県で飼育繁殖プログラムを開始した。しかし1996年までにこのプログラムは中止された[17]

日本では板橋区立熱帯環境植物館アクア・トトぎふでの飼育が知られている[2][21]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 子宮ミルクはホホジロザメイトマキエイなど他の軟骨魚類にもみられる。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i Vidthayanon, C.; Baird, I. & Hogan, Z. (2016). (2016). “Urogymnus polylepis”. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e..T195320A104292419. 
  2. ^ a b あの淡水エイが仲間入り‼”. 世界淡水魚水族館 アクア・トトぎふ (2024年1月11日). 2024年1月21日閲覧。
  3. ^ Bleeker, P. (1852). “Bijdrage tot de kennis der Plagiostomen van den Indischen Archipel”. Verhandelingen van Het Bataviaasch Genootschap van Kunsten en Wetenschappen 24: 1–92. 
  4. ^ a b c d Last, P.R.; Compagno, L.J.V. (1999). “Myliobatiformes: Dasyatidae”. In Carpenter, K.E.; Niem, V.H.. FAO identification guide for fishery purposes. The living marine resources of the Western Central Pacific. Food and Agriculture Organization of the United Nations. pp. 1479–1505. ISBN 978-92-5-104302-8 
  5. ^ a b c d e f Monkolprasit, S.; Roberts, T.R. (1990). Himantura chaophraya, a new giant freshwater stingray from Thailand”. 魚類学雑誌 37 (3): 203–208. https://iap-jp.org/isj/pdf/publication/pdf/37/373/37301.pdf. 
  6. ^ a b Last, P.R.; Manjaji-Matsumoto, B.M. (2008). “Himantura dalyensis sp. nov., a new estuarine whipray (Myliobatoidei: Dasyatidae) from northern Australia”. In Last, P.R.; White, W.T.; Pogonoski, J.J.. Descriptions of new Australian Chondrichthyans. CSIRO Marine and Atmospheric Research. pp. 283–291. ISBN 978-0-1921424-1-2 
  7. ^ a b c Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2024). "Urogymnus polylepis" in FishBase. January 2024 version.
  8. ^ Sezaki, K.; Begum, R.A.; Wongrat, P.; Srivastava, M.P.; SriKantha, S.; Kikuchi, K.; Shihara, H.; Tanaka, S. et al. (1999). “Molecular phylogeny of Asian freshwater and marine stingrays based on DNA nucleotide and deduced amino acid sequences of the cytochrome b gene”. Fisheries Biology 65: 563–570. 
  9. ^ Naylor, G.J.P. (1992). “The phylogenetic relationships among requiem and hammerhead sharks: inferring phylogeny when thousands of equally most parsimonious trees result”. Cladistics 8 (4): 295–318. doi:10.1111/j.1096-0031.1992.tb00073.x. hdl:2027.42/73088. PMID 34929961. https://deepblue.lib.umich.edu/bitstream/2027.42/73088/1/j.1096-0031.1992.tb00073.x.pdf. 
  10. ^ Michael I. Grant; Anthony W. J. Bicknell; Thaung Htut; Antt Maung; Thu Maung; Khin Myo Myo; Thu Rein; Min Khan San et al. (2022). “Market surveys and social media provide confirmation of the endangered giant freshwater whipray Urogymnus polylepis in Myanmar”. Fish Biology. doi:10.1111/jfb.15073. PMC 9543834. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9543834/. 
  11. ^ a b c d Last, P.R.; White, W.T.; Caire, J.N.; Dharmadi; Fahmi; Jensen, K.; Lim, A.P.F.; Manjaji-Matsumoto, B.M. et al. (2010). Sharks and Rays of Borneo. CSIRO Publishing. pp. 208–209. ISBN 978-1-921605-59-8 
  12. ^ “重さ300キロの巨大エイが見つかる、淡水魚の世界記録を更新”. ナショナルジオグラフィック. (2022年6月22日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/062200282/?rss 2023年4月12日閲覧。 
  13. ^ “世界最大の淡水魚、300kgのエイに続いて記録を塗り替える魚は?”. ナショナルジオグラフィック. (2023年4月12日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/041100178/ 2024年1月21日閲覧。 
  14. ^ Tsoi, Grace (2022年6月20日). “World's largest freshwater fish found in Mekong, scientists say”. BBC News. https://www.bbc.co.uk/news/world-asia-61862169 2024年1月21日閲覧。 
  15. ^ Fyler, C.A.; Caira, J.N. (2006). “Five new species of Acanthobothrium (Tetraphyllidea: Onchobothriidae) from the freshwater stingray Himantura chaophraya (Batoidea: Dasyatidae) in Malaysian Borneo”. Journal of Parasitology 92 (1): 105–125. doi:10.1645/GE-3522.1. PMID 16629324. 
  16. ^ Healy, C.J. (2006). “Three new species of Rhinebothrium (Cestoda: Tetraphyllidea) from the freshwater whipray, Himantura chaophraya, in Malaysian Borneo”. Journal of Parasitology 92 (2): 364–374. doi:10.1645/GE-560R.1. PMID 16729696. 
  17. ^ a b c d Fowler, S.L.; Cavanagh, R.D. (2005). Sharks, Rays and Chimaeras: The Status of the Chondrichthyan Fishes. IUCN. pp. 348–349. ISBN 978-2-8317-0700-6 
  18. ^ タイの巨大淡水エイ大量死、死亡45匹に 2匹保護(2021年3月22日閲覧)[リンク切れ]
  19. ^ 巨大淡水エイ大量死 タイ当局、廃水排出企業に損害賠償請求(2021年3月22日閲覧)[リンク切れ]
  20. ^ Compagno, L.J.V.; Cook, S.F. (2000). Urogymnus polylepis Thailand subpopulation. IUCN Red List of Threatened Species 2000: e.T39408A10228071. doi:10.2305/IUCN.UK.2000.RLTS.T39408A10228071.en. https://www.iucnredlist.org/species/39408/10228071 2024年1月21日閲覧。. 
  21. ^ チャオが帰ってきました~!”. 板橋区立熱帯環境植物館 (2021年4月2日). 2024年1月21日閲覧。

関連項目[編集]