パワーワード

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パワーワード (power word) は、「パワー(力)」と「ワード(言葉)」を組み合わせた語であり、「力のあることば」や「力強いことば」[1]など、さまざまな意味を込めて用いられてきた言葉である。2010年代以後、日本のSNSなどで「表現が異様で強烈な印象のあることば」といった意味合いでも用いられるようになり[1]、この意味合いを持つ「パワーワード」は、三省堂が選んだ「今年の新語2017」にも選出された。

「力のあることば」「強い印象のあることば」[編集]

「パワーワード」という言葉は、多様な使用方法がなされてきた。

  • 自分や他人の心を動かす「力のあることば」の意味で、名言・金言と言われるフレーズなどについて用いる[注釈 1]
  • コミュニケーションを改善させる力を持つひとことの意味でも用いられる[注釈 2]
  • 文章表現の上で、「人を惹きつける力のある言葉」について用いる[5]
  • 演説に関して、聴き手や世論に訴えかける「影響力のある言葉」について用いる[6]
  • 反発も含めて聴き手や世論の関心を惹き議論を喚起するような「強い言葉」について用いる[7]

飯間浩明は2020年に「強い印象のあることば」の意味で「パワーワード」を紹介する文章を記しており、時代ごとに「パワーワード」があるとしている[8]。大正から昭和初期にかけての「文化」(文化住宅文化包丁など)、1950年代末から1960年代にかけての「デラックス」を紹介した上で、今の時代(2020年)ならば「プレミアム」もそう言えるのではないかとしている[8]

「表現が異様で強烈な印象のあることば」[編集]

三省堂の「今年の新語2017」で「パワーワード」は3位にランクインし、辞書風の語釈として「表現が異様で強烈な印象のあることば」と説明された[1][9]。「今年の新語」は投稿を受け付けて選考するもので、「今年だけの流行語」ではなく、今年特に広まり、今後の国語辞典に載ってもおかしくない語を選出するとしている[1]

「今年の新語2017」の選評によれば、「今年の新語」の第1回(2015年)から投稿があった[注釈 3]ものの、2017年には「ツイッターを中心に確実に今年広まった気がする」という投稿者の声があったという[1]。背景としては、SNSでまず発言に注目を集めるために、ことさらに誇張した表現が多用されるようになったという指摘がある[1][9]

選評では、投稿者から示されたパワーワードの実例として、「知り合う前に会いに来るなよ」(2016年のアニメ『君の名は。』のセリフ)と、「ストロベリーチーズチョコレートピザ」が挙げられている[1]。これに加えて飯間浩明の見解として、以前からある語では「学級崩壊」「名ばかり管理職」も「パワーワード」であろうとしている[1]。2017年の騒動の際に、飯間はある言葉が「パワーワード」かどうかは人によっても感覚が異なっており見極めが難しいと述べており、例示しようとした「学級崩壊」についても、飯間は「学級」と「崩壊」という語の取り合わせを初めて見たときに驚いたが、「べつに普通では」という感想もありそうだとしている[11]

一方、ネットコミュニティにおいては、たとえばtwitterで「パワーワード」の現在的用法(表現が異様で強烈な印象のあることば)の起源について話題を投げかけた人物は「無人在来線爆弾」(2016年の映画『シン・ゴジラ』に登場した用語)を「パワーワード」と評される語として例示した[10]。一般メディアにおいて紹介されたいわゆる「ネットの反応」で「パワーワード」という反応があったものには、大相撲の御嶽海関が大関に昇進した際(2022年)にニュースで用いられた「雷電以来[注釈 4]」という形容[12]、などが挙げられる。

言語学者の田川拓海はブログにおいて、「パワーワード」と見なされるには「強烈」「印象が強い」だけではなく「表現が異様」というところが重要ではないかとしている[13]

2017年のtwitterにおける騒動[編集]

なお、「パワーワード」が「今年の新語」に選出されたことについて、2018年1月10日に日本経済新聞記事審査部のtwitterが「力強いことば、強烈な印象のあることばといった意味で、パワワと略されます」とツイートを行ったが、ここで紹介した「パワワ」という略語(選評でも記されている[1][9])やツイート担当者の考えた「パワーワード」の例が、他のtwitterユーザーからは実感にそぐわない、メディアによって勝手に作られた略称であるなどとして批判を集めるという事態にもなった[10][14][15][注釈 5]

これについて、「今年の新語」の選定にあたった飯間浩明はツイートにおいて、「パワワ」という省略形の用例が一般的とは言わないまでも安定して存在することを示すとともに[20]、選評の中で辞書風に語義を示した個所で例示を省いたことや、「『パワワ』という語形がある」ことを示そうとしたものの「普通『パワワ』と略す」と受け止められ得るようになったことなど「説明が至らなかったこと」を示し、ツイートをめぐる騒動に関して責任の一端があると述べている[21]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ たとえば、小宮一慶『松下幸之助 パワーワード ― 強いリーダーをつくる114の金言』[2]や、秋山竜次『つくるひとびと クリエイター71人のパワー・ワード』[3]といった著作は、いわゆる金言や名言といった「力のあることば」を扱った書籍である。
  2. ^ たとえば、伊東明『絶対に影響力のある言葉 パワーワードが人生を変える』[4]などがこの種の「パワーワード」を扱っている。
  3. ^ twitter上の言説であるが、2010年よりtwitter上で連載されていた小説『ニンジャスレイヤー』において、2012年3月18日に「呪文」の意味合い(これは、テーブルトークRPGダンジョンズ&ドラゴンズ』でも用いられた「パワーワード」の用法)で「パワーワード」が登場したことが、インターネットスラング的に「パワーワード」という言葉が変化した契機とする見方がある[10]。アメリカ人が書いた小説の翻訳であると標榜する『ニンジャスレイヤー』は、連載当初より奇妙でインパクトのある日本語表現を多用しており、それが作品の個性・特色ともされ、さまざまなネットミームを生み出していた(作中で重要な位置づけにある超高層ビルの名が「マルノウチ・スゴイタカイビル」であるなど。新幹線車内販売アイスクリームに対するネットスラング「シンカンセンスゴイカタイアイス」は「マルノウチ・スゴイタカイビル」の影響を受けた呼称であるが、のちにメーカーによって公式にも使われるに至った。当該記事参照)。同作品読者であるネット利用者の中で「パワーワード」という言葉の認知が広がり、同作品に登場するような「表現が異様で強烈な印象のあることば」を表現するものとして「パワーワード」がネットコミュニティ上で使用されるようになり、やがては同作品を知らない人々の間にもこの意味合いの「パワーワード」が流布するようになったと見るものである[10]
  4. ^ 長野県出身力士の大関昇進が、江戸時代の伝説的力士である雷電爲右エ門以来227年ぶり。
  5. ^ ネットコミュニティにおいて自分たちの言葉(ネットスラング)として認知・使用されていた言葉が、既存メディアによってそれとは異なる(ずれた)意味合いで大きく紹介された際に軋轢が生じた例として、「壁ドン」がある[16][17]。マスメディア主導の言語・意味改変と見なされることがらに対しては、時に嫌悪感とともに抵抗を示す層もある[18]。特に略語「パワワ」が焦点の一つになった騒動についても、既存メディア叩きに前のめりな傾向について当事者の飯間が苦言を呈している[19]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 2017年の選評(全文表示)”. 「今年の新語2020」. 三省堂. 2022年9月2日閲覧。
  2. ^ 松下幸之助パワーワード 強いリーダーをつくる114の金言”. honto. 2022年9月4日閲覧。
  3. ^ つくるひとびと クリエイター71人のパワー・ワード”. honto. 2022年9月4日閲覧。
  4. ^ 絶対に影響力のある言葉 パワーワードが人生を変える”. honto. 2022年9月4日閲覧。
  5. ^ 読んでもらえる文章にするための「パワーワード」の作り方”. note (2021年4月4日). 2022年9月4日閲覧。
  6. ^ 米では真珠湾や同時テロに言及、英ではチャーチル引用 ゼレンスキー演説にみる「パワーワード」” (2022年3月23日). 2022年9月4日閲覧。
  7. ^ 男性の育休「義務化」のパワーワード、誤解招いても「あえて狙った」”. withnews (2020年12月6日). 2022年9月4日閲覧。
  8. ^ a b “(街のB級言葉図鑑)プレミアム 飯間浩明”. 朝日新聞. (2020年3月7日). https://www.asahi.com/articles/DA3S14390738.html 2022年9月4日閲覧。 
  9. ^ a b c “突っ込みたくなる言葉でインパクト!、のっかれ!パワーワード、カードゲームも登場、「くだらなさ面白い」。”. 日経MJ(流通新聞). (2018年3月5日) 
  10. ^ a b c d 「無人在来線爆弾というパワーワード」みたいな「パワーワード」の使い方の起源はどこ?”. togetter (2016年8月27日). 2022年9月4日閲覧。
  11. ^ @IIMA_Hiroaki (2018年1月12日). "「パワーワード」かどうかの境界は、非常に見極めにくいというのが率直な感想です。……". X(旧Twitter)より2022年9月2日閲覧
  12. ^ “御嶽海、大関確実で長野出身227年ぶり「雷電以来」がトレンド入り「超ウルトラスーパーパワーワード」”. 中日スポーツ. (2022年1月23日). https://www.chunichi.co.jp/article/405496 2022年9月4日閲覧。 
  13. ^ 「パワーワード」の文法的特徴と使用条件”. 誰がログ. 2022年9月4日閲覧。
  14. ^ 日経新聞校閲の「パワーワード」にまつわる投稿にツッコミ殺到”. ライブドアニュース編集部 (2018年1月12日). 2020年3月4日閲覧。
  15. ^ @IIMA_Hiroaki (2018年1月12日). "日経の記事審査部の「パワーワード」に関するツイートにコメントが相次いでいます。……". X(旧Twitter)より2022年9月2日閲覧
  16. ^ 本当の「壁ドン」は? 「隣人にドン」「ラブラブにドン」”. J-CASTニュース (2012年10月20日). 2022年9月4日閲覧。
  17. ^ 勘違いはどっち? 「壁ドンの本来の意味」でネットユーザーが大激怒中”. やじうまWatch. インプレス (2014年10月16日). 2022年9月4日閲覧。
  18. ^ 岡田祥平 2015, p. 272.
  19. ^ @IIMA_Hiroaki (2018年1月12日). "「パワーワード」の省略形「パワワ」が存在する事実は、日経を叩こうとする声の前にかき消されそうです。……". X(旧Twitter)より2022年9月2日閲覧
  20. ^ @IIMA_Hiroaki (2018年1月12日). "「パワーワード」を「パワワ」と省略することがあるか。これは、あります。……". X(旧Twitter)より2022年9月2日閲覧
  21. ^ @IIMA_Hiroaki (2018年1月12日). "日経の「パワーワード」に関するツイートは、元情報の三省堂「今年の新語2017」の説明が至らなかったことにも責任の一端があります。……". X(旧Twitter)より2022年9月2日閲覧

参考文献[編集]

関連項目[編集]