ハリー・リード

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ハリー・リード
Harry Reid official portrait 2009.jpg
生年月日 1939年12月2日(75歳)
出生地 ネバダ州サーチライト
出身校 南ユタ大学 (A.A.)
ユタ州立大学 (B.A.)
ジョージ・ワシントン大学 (J.D.)
現職 法律家
所属政党 民主党
配偶者 ランドラ・グールド
子女 4男1女
サイン Harry Reid Signature.svg
公式サイト [Official site ]

アメリカ合衆国上院議員(第3部)
選挙区 ネバダ州
在任期間 1987年1月3日 -

第21代 上院少数党院内総務
在任期間 2005年1月3日 - 2007年1月3日

第25、27代 上院少数党院内幹事
在任期間 2001年1月3日 - 2001年1月20日
2001年6月6日 – 2003年1月3日

アメリカ合衆国下院議員
ネバダ州第1区選出
在任期間 1983年1月3日 - 1987年1月3日

ネバダ州副知事
在任期間 1971年 - 1975年

その他の職歴
ネバダ州ゲーミング委員会委員長
(1977年 - 1981年)
上院倫理委員会委員長
(2001年6月6日 - 2003年1月3日)
上院環境公共事業委員会委員長
(2001年1月3日 - 2001年1月20日)
ネバダ州下院議員
(1969年 - 1970年)
ヘンダーソン市代理人
(1964年 - 1966年)
第24代 上院多数党院内総務
(2007年1月4日 - )
テンプレートを表示

ハリー・メイソン・リードHarry Mason Reid, 1939年12月2日 - )は、アメリカ合衆国政治家。現在、連邦上院議員ネバダ州選出)を務めている。所属政党は民主党で、宗教的にはモルモン教の信徒である。彼は2006年の中間選挙で民主党が勝利して以来強いリーダーシップを発揮している。

ネバダ州副知事などを務めた後に連邦下院議員に就任、2期4年に渡って務めた後に上院に転じた。上院議員としては、1986年に初当選を果たしたのを皮切りに任期・再選を重ねており、現在5期目(年数では24年目)である。また上院では、1999年から2005年まで上院民主党のナンバー2である院内幹事を務めたのち、2005年開会の第110回議会からは、前年の選挙で落選したトム・ダシュルの後を受けて上院民主党のトップである院内総務に就任、現在も同職を務めている。

生い立ち[編集]

リードはネバダ州サーチライトでハリー・リードおよびアイネズ夫妻の間に生まれる[1]。サーチライトはラスベガスの南東50マイルに位置する炭鉱夫の町であった。彼はヘンダーソンベーシック高校に通い、フットボールとボクシングに勤しんだ[2]。高校で彼は後の州知事であるマイク・オカラハン(当時同高校の教員であった)に出会う。高校を卒業すると、リードは南ユタ大学およびユタ州立大学に通った。

リードはその後合衆国議会警察で勤務し、その間にジョージ・ワシントン大学法学部を卒業した。リードは故郷のネバダ州に戻り、ヘンダーソン市の代理人となった。1968年、ネバダ州下院議員に当選し、1970年にはオカラハン知事の副知事候補として知事選を戦った。

2010年の中間選挙では全米で民主党に対する逆風が吹き荒れ苦戦を伝えられたが、本選では共和党のティーパーティー系候補シャロン・アングルに事前の調査以上の差をつけて5選を果たした。上院では民主党が議席を減らしたものの多数派を維持したため、引き続き多数党院内総務の任に当たる。

政治経歴[編集]

ネバダ州下院議員を1969年から1970年と務め、1971年にはネバダ州副知事に就任し1975年まで務めた。

1977年にネバダ州ゲーミング委員会委員長に就任、1981年まで務めた。

1982年の中間選挙アメリカ合衆国下院議員に初当選、1983年から1987年まで2期4期務めた。

1986年の中間選挙でアメリカ合衆国上院議員選挙に鞍替え、以来5期連続当選している。また民主党上院院内総務を2005年から務めている。

発言[編集]

2012年のロンドンオリンピックの公式ユニフォームが中国製であることに対してアメリカオリンピック委員会は自ら恥じるべきと弾劾し、「既に出来たユニホームすべてを山積みにして燃やすべきだ」と主張した[3]

2015年5月、NFLニューイングランド・ペイトリオッツのQBトム・ブレイディAFCチャンピオンシップゲームでのボールの空気圧に関するデフレートゲートスキャンダルにからんで4試合の出場停止処分を受けたことについて、NFLが人種差別的なチーム名であるという抗議を受けているワシントン・レッドスキンズのチーム名よりも、この件を気にしたことを驚きだと述べた[4]

参照[編集]

外部リンク[編集]


公職
先代:
エドワード・ファイク
ネバダ州副知事
1971年1月 - 1975年1月
次代:
ロバート・E・ローズ
先代:
ウェンデル・H・フォード
D-ケンタッキー州
上院少数党院内幹事
1999年1月3日 - 2001年1月3日
次代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
先代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
上院多数党院内幹事
2001年1月3日 - 2001年1月20日
次代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
先代:
ロバート・C・スミス
R-ニューハンプシャー州
上院環境公共事業委員会委員長
2001年1月3日 - 2001年1月20日
次代:
ロバート・C・スミス
R-ニューハンプシャー州
先代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
上院少数党院内幹事
2001年1月20日 - 2001年6月6日
次代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
先代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
上院多数党院内幹事
2001年6月6日 - 2003年1月3日
次代:
ミッチ・マコーネル
R-ケンタッキー州
先代:
パット・ロバーツ
R-カンザス州
上院倫理委員会委員長
2001年6月6日 - 2003年1月3日
次代:
ジョージ・ヴォイノヴィッチ
R-オハイオ州
先代:
ドン・ニクルズ
R-オクラホマ州
上院少数党院内幹事
2003年1月3日 - 2005年1月3日
次代:
ディック・ダービン
D-イリノイ州
先代:
トム・ダシュル
D-サウスダコタ州
上院少数党院内総務
2005年1月3日 - 2007年1月3日
次代:
ミッチ・マコーネル
R-ケンタッキー州
先代:
ビル・フリスト
R-テネシー州
上院多数党院内総務
2007年1月3日 - 現在
次代:
現職
議会
先代:
ジェームズ・デヴィッド・サンティーニ (D)
ネバダ州選出下院議員
ネバダ州第1選挙区

1983年1月3日 - 1987年1月3日
次代:
ジェームズ・ビルブレイ (D)
議会
先代:
ポール・ラクソルト (R)
ネバダ州選出上院議員(第3部)
1987年1月3日 -
同職:チック・ヘックト, リチャード・ブライアン, ジョン・エンスン
次代:
-
党職
先代:
アラン・バイブル
ネバダ州選出上院議員(第3部)
民主党候補

1974
次代:
マリー・ゴジャック
先代:
マリー・ゴジャック
ネバダ州選出上院議員(第3部)
民主党候補

1986, 1992, 1998, 2004, 2010
次代:
先代:
ウェンデル・H・フォード
ケンタッキー州
上院民主党院内幹事
1999年1月3日 - 2005年1月3日
次代:
ディック・ダービン
イリノイ州
先代:
トム・ダシュル
サウスダコタ州
上院民主党院内総務
2005年1月3日 - 現在
次代:
-
儀礼席次
先代:
ジョン・マケイン
R-アリゾナ州
アメリカ合衆国の連邦上院議員の序列
17番目
次代:
ケント・コンラッド
D-ノースダコタ州