ハイパーネオジオ64

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ハイパーネオジオ64

ハイパーネオジオ64HYPER NEOGEO 64)は、SNKMVSNEOGEO)の後継機として開発した、3DCGの表示が可能なアーケードゲーム基板およびそれらのシステムである。

概要[編集]

バーチャファイター』シリーズ(セガ)や『鉄拳』シリーズナムコ)の登場により、対戦型格闘ゲームの分野にも3Dの可能性が示され、当時2D対戦型格闘ゲームの人気をカプコンと二分していたSNKも3Dを表現できるシステムの開発が急務となる。

ハイパーネオジオ64は、本来はネオジオの後継機種としての2D格闘をより高品質に出すために開発された。しかし、それまでのネオジオでは不可能だった3Dゲームも作れる性能だったために、SNKの上層部が3D分野に色気を出してしまい、ネオジオと並行して開発された作品は3D表示の物ばかりとなってしまった。だがキャラクターを構成しているポリゴンが当時のレベルで見ても荒く、その上動きがスムーズではなく、ゲーム全体の処理も重いものが多かった。これは、元々が3D表示への対応を考慮して開発されたハードウェアではなかったため、浮動小数点演算CPU上かつソフトウェアで処理していたせいだと言われている。

非常に重大な欠点だが、互換性維持の観点から最後まで改良することはできず、セガやナムコが採用するゲーム基板及びそれらシステムには及ばなかった。発売タイトルはマニア人気はあったものの、どれもヒットには結びつかず、次第に消えていった。

当時販売していた携帯ゲーム機ネオジオポケットリリース面での失敗、当時江坂(大阪府吹田市)に存在していた「ネオジオランド」とフジサンケイグループの協力で東京にオープンした「ネオジオワールド東京ベイサイド」の相次ぐ遊園地事業失敗と並び、SNK倒産の要因となってしまった(ネオジオワールド東京ベイサイド跡地は後に山崎屋に売却され東京レジャーランドパレットタウン店と改名し2017年まで営業していた)。

専用筐体を用いた作品を除き、基板と汎用筐体との抱き合わせ販売もあったようで、そのうちの一つのバリエーションであった、対戦用汎用筐体には、画面上部に小さな液晶画面とカメラがついていて、対面のプレイヤーを常時モニターできるというものがあったが実際に使っている店は少なかった、ハイパーネオジオ64自体が生産終了になりゲームが発売されなくても、筐体のみ他社のゲームが入った状態で稼動していた例もあった。

発売されたタイトル[編集]

カッコ内は、開発元、ジャンル、発売日の順に記載。なお、発売元は全てSNKである。
◎は、専用筐体が必要になるタイトル。

  • ラウンドトリップRV(レースゲーム)(SNKレースゲーム、1997年9月20日)◎
    大型筺体。第一弾タイトル。SNK初のカーレースゲームでもある。
  • SAMURAI SPIRITS 〜侍魂〜(SNK、格闘アクション、1997年12月19日)
  • オフビートレーサー(SNK、レースゲーム、1998年5月13日)◎
    大型筺体。通信対戦が可能。筐体は二台が最初から連結されたツインタイプの他、前年発売の『ラウンドトリップRV』へのコンバージョンキットも発売された。
  • ビーストバスターズ セカンドナイトメアADKガンシューティング、1998年9月11日)◎
    ハイパーネオジオ64基板唯一のサードパーティー開発作品で、SNKが1989年に発売したガンシューティング、『ビーストバスターズ』の続編。ただし、ストーリーの繋がりはない。筐体は画面29インチのスタンダード筐体と、50インチの大画面を採用した大型のデラックス筐体の二種類が存在する。
  • SAMURAI SPIRITS 2 〜アスラ斬魔伝〜(SNK、格闘アクション、1998年10月16日)
  • 餓狼伝説 WILD AMBITION(SNK、格闘アクション、1999年1月28日)
    後にPlayStationにも移植された。ハイパーネオジオ64のタイトルで唯一家庭用に移植された作品である。
  • 武力 〜BURIKI ONE〜(SNK、格闘アクション、1999年5月21日)
    左に移動用のボタン、右に攻撃用のレバーという、一般的な対戦格闘ゲームとは異なる独自のコンパネ、操作形態を採用。専用コンパネも付属しているが、オペレーターや所有者側で独自に汎用コンパネをこのゲーム向けに改造・制作して動作させることも可能。

参考文献[編集]