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ナガサキアゲハ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナガサキアゲハ
ナガサキアゲハ 上:メス,下:オス
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: チョウ目 Lepidoptera
: アゲハチョウ科 Papilionidae
: アゲハチョウ属 Papilio
: ナガサキアゲハ P. memnon
学名
Papilio memnon
Linnaeus1758
和名
ナガサキアゲハ
英名
Great Mormon

ナガサキアゲハ(長崎揚羽、学名Papilio memnon)は、アゲハチョウ属に分類されるチョウの一

形態

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成虫の前翅長60-80ミリメートルほどで、日本産のチョウではモンキアゲハオオゴマダラに並ぶ最大級の種類である。種類内ではメスがオスよりも大きい。アゲハチョウ属の中では翅が大きくて幅広く、後翅に尾状突起が無いことが特徴だが、メスに尾状突起が現れる「有尾型」もあり、台湾など多産する地域もある。有尾型は優勢遺伝であり、ごく稀に日本国内でも南西諸島〜九州南部などで記録される。

また、アゲハチョウ属の中では珍しく性的二形が顕著である。翅のつけ根に赤の斑点があるのは雌雄共通で、雄の翅はほぼ全体が黒く、後翅の外縁にわずかに赤い斑点がある。一方、雌は後翅の中央部に白の細長い斑点が数個外向きに並び、その外縁には赤の環状紋が並ぶ。白色部は翅脈とその周辺が黒く、内側が白くなる。オスはクロアゲハに、メスはモンキアゲハに似るが、尾状突起が無いので区別できる。

日本では南の個体群ほどメスの白色部が広くなる傾向があり、九州沖縄では前翅にまで白い部分が広がる。特に西表島の個体群は、少数ではあるが翅全体に白い部分が広がることで知られるが本個体群は1960年代後半に絶滅したと見られている。ただし台湾以南産の個体ではむしろ白くない傾向がある。

生態

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日本では、成虫は年3-6回、4-10月頃に発生する。分布域では人里近くでよく見られる普通種である。各種の花に飛来し蜜を吸う。冬は越冬する。

幼虫ナミアゲハと同じくミカンカラタチなどミカン科の栽培種各種を食草とする[1]。若齢幼虫は他のアゲハチョウ属と同様、鳥の糞に似せた保護色をしているが、あまり黒っぽくなく緑色が強い。4齢幼虫の時点で全長3センチメートルほどになり、ナミアゲハの終齢幼虫とあまり変わらない大きさである。

終齢幼虫(5齢)は全長4センチメートルほどで、ナミアゲハに比べると明らかに大型である。また、腹部背面に切れこむ斜めの帯が白く、細かい網目状の模様になるのも特徴である。

分布

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東南アジアインドネシアの島嶼から、中国台湾を経て日本まで分布する。

日本での分布域は近畿以南から南西諸島までで、日本では南方系の種類であるが、江戸時代九州以南に限られていた分布域は拡大している。1940年代には山口県西部や高知県南部、1960年代には淡路島へと徐々に北上し、21世紀初頭には福井県神奈川県西部の太平洋側での越冬が確認されている。2007年には茨城県南西部で多数確認され[2]、また栃木県南部で2009年に急増する[3]など、関東北部での増加が顕著で、さらに2009年には福島県いわき市で幼虫[4]、同県伊達市宮城県名取市で成虫が確認されている[5][6]。こうした分布の変遷から、本種は地球温暖化の指標種として注目されている[7]。温暖化の他、ミカン科の栽培の拡大も本種の北上に影響しているとされる[8]

分類

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広い分布域の中でいくつかの亜種に分かれており、このうち日本に分布するのは亜種 P. m. thunbergi Von Siebold, 1824 である[9]

名前

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標準和名は「ナガサキアゲハ」とされ、『日本産昆虫総目録 Ⅱ』(1989)[10]、『日本昆虫目録 第7巻鱗翅目』(2013)[11]ではこの名前で掲載されている。和名はシーボルトが長崎で最初に採集したことに由来するとされ、長崎周辺だけに分布するというわけではない。

種名(種小名memnonギリシア神話に登場するメムノーンに因む命名とされており、チョウの学名に多い神話由来の命名である。属名の Papilioはギリシア語で蝶を示す単語に由来する[12]。いずれもリンネによる命名であり、リンネの命名は神話由来のものが特に多い。日本産亜種名の thunbergiは、シーボルトよりも前に来日し日本植物学の基礎を築いたカール・ツンベルクに対する献名である。

脚注

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  1. ^ 須田真一 (2012)、56頁
  2. ^ 井上大成ほか(2008)茨城県におけるナガサキアゲハ(チョウ目:アゲハチョウ科)の記録.茨城県自然博物館研究報告(11):17-20.
  3. ^ 青木好明(2010)栃木県南部で急増したナガサキアゲハ.昆虫と自然 45(5):41-43.
  4. ^ 佐々木泰弘(2010)チョウ目(チョウ類).茨城県自然博物館総合調査報告書 2009年茨城県の昆虫類およびその他の無脊椎動物の動向:43-46.
  5. ^ 松本学(2010)伊達市月舘町でナガサキアゲハを採集.ふくしまの虫(28):24.
  6. ^ 新井孝明(2010)宮城県名取市でナガサキアゲハを採集.インセクトマップオブ宮城(32):106.
  7. ^ 北原正彦 (2006年12月). “チョウの分布域北上現象と温暖化の関係” (PDF). 地球環境研究センターニュース. 国立環境研究所. pp. 26-27. 2025年6月27日閲覧。
  8. ^ 北原正彦; 入來正躬; 清水剛 (2001). “日本におけるナガサキアゲハ(Papilio memnon Linnaeus)の分布の拡大と気候温暖化の関係”. 蝶と蛾 52 (4): 253-264. doi:10.18984/lepid.52.4_253. 
  9. ^ 猪又敏男 (2006)、115頁
  10. ^ 平嶋義宏 監修, 九州大学農学部昆虫学教室・日本野生生物研究センター 編 (1989) 『日本産昆虫総目録 Ⅱ』. 九州大学農学部昆虫学教室, 福岡. doi:10.11501/13645946(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 猪又敏男・植村好延・矢後勝也・神保宇嗣・上田恭一郎 共編(2013)『日本昆虫目録 第7巻鱗翅目 第1号セセリチョウ上科―アゲハチョウ上科』. 櫂歌書房, 福岡. ISBN 978-4-434-18124-5
  12. ^ 平嶋義宏 (1999) 『新版 蝶の学名―その語源と解説―』. 九州大学出版会, 福岡. ISBN 4-87378-601-0 doi:10.11501/14220002(国立国会図書館デジタルコレクション)

参考文献

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  • 猪又敏男(編・解説)、松本克臣(写真)『蝶』山と溪谷社〈新装版山溪フィールドブックス〉、2006年6月。ISBN 4-635-06062-4 
  • 須田真一、永幡嘉之、中村康弘、長谷川大、矢野勝也 著、日本チョウ類保全協会 編『日本のチョウ』誠文堂新光社〈フィールドガイド〉、2012年4月30日。ISBN 978-4416712030 

外部リンク

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