サバア王国

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230年頃のアラビア半島南部、エチオピアの勢力図

サバア王国アラビア語: سبأ‎、Saba')は、かつてアラビア半島南部に存在した国家。首都はシルワーフ英語版(シルワ)、マアリブ。南アラビアの碑文史料に初めて現れた国家である[1]

歴史[編集]

サバア王国の成立時期は紀元前8世紀末に遡ると考えられている[2]。王国の時代区分は紀元前750年頃から紀元前500年頃のムカッリブ時代と紀元前500年頃から紀元前115年までのマリク時代に大別される[3]。7代目の王スムフ・アリまでは「僧王」を意味する「ムカッリブ(Mukarrib)」あるいは「マクルーブ(Makrūb)」、8代目の君主カリバイル・ワタル以降は「王」を意味する「マリク(Malik)」が君主号として用いられていた[3]

アッシリア王国の史料には紀元前716年/5年紀元前685年の2度にわたってサバの首長がアッシリア王サルゴン2世センナケリブに貢納したことが記録されており、南アラビアに王国が存在していたことを証明する最古の史料となっている[4]。センナケリブに貢納した王は5代目のカリバイル・バジンあるいは6代目のカリバイル・ワタルのいずれかと推定されている[3]。かつてサバア王国の首都シルワが存在した場所にはアル=カリバと呼ばれる集落の遺跡が存在し、集落を取り囲む城壁はムカッリブの一人であるヤダ・イルによって建造されたことが伝えられている[5]

紀元前1千年紀前半のサバア王国はサバア人の居住地域を越えて多くの民族を支配し、その性質を連邦帝国に擬する研究者も存在する[1]。ムカッリブ時代にサバア王国は支配下に置いていたハドラマウト王国カタバーン王国を率いてアウサン、ダハースム、トゥブナシュ、ダティナトなどの勢力と交戦し、勝利を収めた。シルワーフの碑文にはサバアがアウサンに勝利を収め、アウサンの町と水利施設を破壊し、アウサン側から16,000の戦死者が出、14,000人が捕虜とされたことが記録されている[3]。アラビア半島対岸のエリトリアエチオピア北部にはサバアとの強い関係を示す遺跡、碑文が存在し、サバアと同じ建築様式、文字、神殿の主神が確認されている[6]。こうした発見から紀元前1千年紀前半にサバア王国から東アフリカへの大規模な移住が行われたと推測され、また紀元前5世紀から紀元前4世紀にかけて東アフリカに存在した国家の君主は現地民であるダァマトと移民のサバを統治するムカッリブを称していた[6]

マリク時代に入り、シルワーフの東方に位置するマアリブに首都が移る[7]。サバア王国は東アフリカ、東アラビア、メソポタミアインド洋世界との海上交易で利益を上げ、主要な商品として香料が扱われていた[1]。王国は香料貿易とマアリブのダムに代表される灌漑農業を経済の基盤として発展していき、国が蓄えた富がシバの女王の伝説を生んだと考えられている[8]紀元前2世紀にサバアはマイーン王国の一部を併合する。

紀元前後に交易の経路が従来のアラビア半島を経由する陸路から紅海を通過する海路に取って代わられ、ベドウィンの侵入の影響を受けて、イエメンの政治・経済の中心が内陸部のオアシス地帯から高原部に移っていく[8]。紀元後にはサナアなどの西部高原の都市の重要性が高まり、北方の諸部族の影響力が強まった[9]。王権を主張する複数の部族集団の間で内戦が起こり、長期かつ散発的な内部抗争の末に王国は衰退していく[10][11]

2世紀末からサバア王国はヒムヤル王国、ハドラマウト王国と南アラビアの支配権を巡って争い、エチオピアのアクスム王国が紅海を越えてアラビア半島に進出する[12]275年頃にサバア王国はヒムヤル王国に併合された[13]

宗教[編集]

サバア王国では異なる文化に属する諸部族を精神的に統一するため、宗教が利用されていた[14]

他の南アラビアの国家と同様にサバア王国でも月の神を頂点とする天体信仰が主流であり、シルワには月の神アルマカフ(アルマカ)を祀る神殿が建てられていた[15]。アルマカフのほか、アラビアの他の部族と同様にアスタルという神が多くの神殿の主神として信仰されていた[16]。支配者とその近親はラウズ山やシルワーフなどの土地でアスタルを祀る饗宴を執り行い、ラウズ山の山頂付近にはテーブルとベンチが設置された宴会場の遺構が存在する[17]。サバア人、彼らと同盟関係にあった部族はサバア暦アブハイ月にアルマカフを祀ったマアリブのアッワーム神殿を巡礼し、巡礼は部族連合の関係を強化する機会を提供した[18]

「シェバ」との関連性[編集]

サバア王国は旧約聖書中に現れる「シェバ」の地の王国と同一視される[19][20][21][22]5世紀の歴史家フィロストルギオスは『教会史』でヒムヤル王国の住民がかつてサバ人と呼ばれ、この地の女王がソロモン王に面会するため旅立ったことを記している[23]。しかし、聖書内のシェバを古代セム文明に属する南アラビアのサバア王国と同一視する見解に異論を投じる研究者も存在する。Israel FinkelsteinとNeil Asher Silbermanはサバア王国の成立時期を紀元前8世紀以降に定めており、 シェバの女王の物語は紀元前7世紀に作り出されたものであり、アラビア交易へのユダヤ人の参入の正当化を主張するための物語である と説明している[24]ケネス・キッチンは、マアリブを首都とする王国が存在した時期を紀元前1200年から275年の間に定めている[25]

20世紀後半に行われた発掘調査と碑文研究の進展の結果、ソロモン王と対面したことで知られているシェバの女王の史実性は多くの研究者から疑問視されている[26]。ソロモン王が在位した紀元前10世紀にサバア王国は存在していないと考えられており[19]、南アラビアに女性君主が存在した史料の存在も確認されていない[27][4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、55頁
  2. ^ 前田、近藤、蔀「古代オリエントの世界」『西アジア史』1、116頁
  3. ^ a b c d 中原「サバ王国」『アジア歴史事典』4巻、51-52頁
  4. ^ a b 蔀『シェバの女王』、24頁
  5. ^ ヒッティ『アラブの歴史』上、130頁
  6. ^ a b 蔀『シェバの女王』、31頁
  7. ^ ヒッティ『アラブの歴史』上、130-131頁
  8. ^ a b 蔀「サバ王国」『古代オリエント事典』、495頁
  9. ^ 前田、近藤、蔀「古代オリエントの世界」『西アジア史』1、119頁
  10. ^ D. H. Muller, 1891; Mordtmann, Himyarische Inschriften, 1893 p. 53
  11. ^ Javad Ali,The articulate in the history of Arabs before Islam Volume 2 p. 420
  12. ^ 前田、近藤、蔀「古代オリエントの世界」『西アジア史』1、122頁
  13. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、157頁
  14. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、64頁
  15. ^ ヒッティ『アラブの歴史』上、130,141頁
  16. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、59頁
  17. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、63-64頁
  18. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、69頁
  19. ^ a b 蔀「シェバ」『古代オリエント事典』、505頁
  20. ^ Robert D. Burrowes (2010). Historical Dictionary of Yemen. Rowman & Littlefield. p. 319. ISBN 0810855283. 
  21. ^ St. John Simpson (2002). Queen of Sheba: treasures from ancient Yemen. British Museum Press. p. 8. ISBN 0714111511. 
  22. ^ Kenneth Anderson Kitchen (2003). On the Reliability of the Old Testament. Wm. B. Eerdmans Publishing. p. 116. ISBN 0802849601. 
  23. ^ 蔀『シェバの女王』、22-23頁
  24. ^ Israel Finkelstein, Neil Asher Silberman,David and Solomon: In Search of the Bible's Sacred Kings and the Roots of the Western Tradition p. 171
  25. ^ Kenneth A. Kitchen : The World of "Ancient Arabia Series. Documentation for Ancient Arabia. Part I. Chronological Framework and Historical Sources p.110
  26. ^ 蔀『シェバの女王』、23-24頁
  27. ^ 徳永『イスラーム成立前の諸宗教』、57頁

参考文献[編集]

  • 蔀勇造「シェバ」『古代オリエント事典』収録(岩波書店, 2004年12月)
  • 蔀勇造「サバ王国」『古代オリエント事典』収録(岩波書店, 2004年12月)
  • 蔀勇造『シェバの女王』(Historia, 山川出版社, 2006年5月)
  • 徳永里砂『イスラーム成立前の諸宗教』(イスラーム信仰叢書, 国書刊行会, 2012年2月)
  • 中原与茂九郎「サバ王国」『アジア歴史事典』4巻収録(平凡社、1959年)
  • 前田徹、近藤二郎、蔀勇造「古代オリエントの世界」『西アジア史』1収録(佐藤次高編, 新版世界各国史, 山川出版社, 2002年3月)
  • フィリップ.K.ヒッティ『アラブの歴史』上(岩永博訳, 講談社学術文庫, 講談社, 1982年12月)