コブラ台風

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コブラ台風
アメリカ海軍がレーダーで観測したコブラ台風の画像(1944年12月18日)
アメリカ海軍がレーダーで観測したコブラ台風の画像(1944年12月18日)
発生期間 1944年12月14日-12月19日
寿命 6日
最低気圧 907mbar
最大風速
(日気象庁解析)
最大風速
米海軍解析)
220 km/h
被害総額
死傷者数 アメリカ兵790人(他は不明)
被害地域 フィリピン
プロジェクト:気象と気候プロジェクト:災害
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コブラ台風(Typhoon Cobra)とは、太平洋戦争中の1944年12月にアメリカの太平洋艦隊を襲った熱帯低気圧アメリカ海軍がつけた名称である[1]。「1944年の台風」、「ハルゼー台風」とも呼ばれる。

レーダーなどによる気象観測網が発達する前であるため、詳細は現在も不明な点が多いが、アメリカ海軍によるレーダー(この時のレーダー観測はアメリカの気象観測史上史上二番目のものであった)、気圧、風速などの観測記録が残された。

12月14日に初めて観測された。その後12月17日に、ルソン島東方480kmのフィリピン海で作戦行動中だったウィリアム・ハルゼー大将指揮の第38任務部隊が直撃を受けた。3隻の駆逐艦スペンスハルモナハンが沈み、790人の死者を出した。また他にも9隻が深刻な被害を受け、100機以上の航空機が失われた。空母モンテレーでは搭載機が壁に衝突したことで火災が発生した。捜索活動により最終的に93人が救助された。台風は翌12月18日に艦隊から離れ、12月19日に消滅した。

このような大災害となった理由としては、アメリカの軍用艦艇の設計が台風などの暴風雨を想定していなかったことが挙げられる。一方、台風による友鶴事件第四艦隊事件を経験した大日本帝国海軍は安全対策を施したために太平洋戦争中に台風による喪失は一度も起きなかった。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ピューリッツァー賞を受賞したハーマン・ウォークの世界的ベストセラー小説『ケイン号の叛乱』(1951年発表)とハンフリー・ボガートが主演した同名の映画(1954年)はこの台風をモデルにしている。

外部リンク[編集]