グレグジット

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グレグジット英語: Grexit)とは、「ギリシャのユーロ圏離脱」を意味する造語。英語: "Greece" (グリース)と 英語: "exit"(エグジット)を併せてつくられた混成語で、シティグループのチーフアナリスト、ウィレム・バウター(Willem H. Buiter)とエブラヒム・ラハバリ(Ebrahim Rahbari)が2012年2月6日に発表したレポートで「ギリシャがユーロ圏を離脱し、旧通貨ドラクマを再び使用する可能性がある」ことを指して初めて使用されて以降、マスメディアなどでも使われるようになった[1][2]

背景[編集]

2012年5月中旬、長引くギリシャの財政危機の中行われた2012年5月ギリシャ議会総選挙の結果、緊縮財政政策に反対してきた急進左派連合(SYRIZA)が第2党となり与党側が組閣に失敗したことから、ギリシャはユーロ圏をすぐにでも離脱するのではないかという憶測が流れた[3][4][5][6][7]。この「ギリシャのユーロ離脱」はグレグジット(Grexit)と呼ばれるようになり、国債市場にも影響を及ぼすようになった。エコノミストらは、この離脱観測が自己達成的予言英語版の典型例になることに懸念を示した[8]。グレグジットが現実のものとなった場合、ギリシャ経済は非常に不安定な状態となることから、仮にグレグジットを行うとしても「政府の決断が下されてから数日中、というより数時間内」に実行する必要がある[7][9][10]

責任の所在[編集]

もしギリシャのユーロ離脱が現実になれば、その責任の所在はドイツとドイツ首相アンゲラ・メルケルにある。ギリシャへの最大の貸し手は欧州最大の経済大国ドイツであり、ギリシャへの金融支援計画について決定的な発言力を有する[11]。ドイツがリーダーシップを発揮し、ギリシャ、スペインなど救済を求めるユーロ圏の参加国に対して、積極的な支援をすべきであった。だがドイツ側はそれらへの支援と引きかえに緊縮財政政策を強いることを要求してきた。ドイツが求める緊縮プログラムを実行した結果、それらの国々の経済はさらに悪化し、回復は困難となる。にもかかわらず、ドイツが良き警察官としての役割を果たしているかのようにメルケルは振る舞う[11]

ユーロ自体の問題[編集]

ユーロとは、言語や文化的背景が異なる人々が同じ通貨を使うというプロジェクトである。ユーロは導入当初から問題があった。その共通通貨は経済と全く関係が無く、そもそも政治的なプロジェクトだった。ユーロが形成されて以後の経済成長率は明らかに鈍化した[12]。ドイツのような大国はユーロというシステムで得をしたが、貧しい国々はさらに悪くなった。また政治的にもウクライナ問題などにEUは何もできないことを示した。欧州連合は2010年のギリシャへの最初の金融支援において、より多くの負債を帳消しにするべきであった。オリヴィエ・ブランチャードも、EUとギリシャ間の交渉が非現実的だと考え、ギリシャの負債を帳消しにすることを交渉の議論の焦点にするよう求めている[12]

神話[編集]

ギリシャ人の勤労意欲[編集]

ギリシャがIMFや欧州連合などに経済支援を要請するようになったのはギリシャ人が勤労を拒否したからだとする論調がある。これは事実と反する。2008年度におけるギリシャの労働者一人あたりの平均労働時間は一週間あたり40.1時間であり、これは米国の39.4時間を凌ぐ。イタリアの34.6時間や、ニュージーランドの33.9時間よりもはるかに長い[13]

10
20
30
40
50
アイルランド
オランダ
ノルウェー
ニュージーランド
イタリア
ギリシャ
米国
  •   週あたり労働時間 2008年度[13]
  •   週あたり労働時間 2005年度

ギリシャの公務員数[編集]

ギリシャの公務員数が多すぎるためにギリシャのデフォルトの公算を高めたとする主張がある。これも事実に反する。公務員を含む公的セクターで働く労働者の労働人口に占める割合をみれば、2008年の時点ではOECD参加国の中ではノルウェーがトップで29.3%、次にデンマーク等のように北欧諸国がトップ4を独占していることがわかる[14]主要先進国ではフランスが最大で加盟国中5番目の21.9%、OECD平均は15%となっている。ギリシャは7.9%であり、日本の6.7%よりはやや高いがOECDの平均値には全く及ばない[14]

5
10
15
20
25
30
ノルウェー
デンマーク
スウェーデン
フィンランド
フランス
ハンガリー
カナダ
OECD平均
スペイン
スイス
ギリシャ
日本
  •   公的セクター労働者数の労働人口に占める割合(%) 2008年度[14]
  •   公的セクター労働者数の労働人口に占める割合(%) 2000年度

実施した場合の見通し[編集]

既に、ギリシャがユーロ圏を離脱し通貨が旧ドラクマに戻ることを懸念して、ギリシャ国内の銀行からユーロを引き出し始めている人も少なくない[15]。2012年3月までにかけての9ヶ月間でギリシャ国内の銀行の預金残高は13%下がり1,600億ユーロにまで減少した[10]。「6月17日の選挙で、緊縮財政に反対する勢力が勝利した場合、それがより大規模な「取り付け騒ぎ」発生の引き金となる可能性がある」と、テッサロニキ大学経済学教授のディミトリス・マルダス(Dimitris Mardas)は述べている。マルダス教授は、ギリシャ当局はパニックが治まるまでの間資金移動を規制することで対応するだろうと予測している[15]

万一ユーロに代って新たな通貨が導入された場合、ギリシャのすべての銀行は数日間業務を停止し、ユーロに押印して「新ドラクマ」とするか、あるいは新たな紙幣を印刷しなければならなくなる。かつてドラクマを印刷していたイギリスのセキュリティ印刷企業デ・ラ・ルー社は5月18日、旧金型を使って新ドラクマ紙幣を印刷する準備を進めていると発表した[10]。なお発注後、新紙幣を納品するまでにおよそ6カ月かかると言う[16]

ギリシャ国内経済の悪化[編集]

5月29日、ギリシャ国立銀行英語版は、「ユーロ離脱は、ギリシャ国民の生活水準を大きく下げる」と警告した。この声明によると、ユーロ圏を離脱した場合、ギリシャの一人当たり国民所得は55%減少し、新通貨の価値はユーロの65%まで低下、すでに5年目となったギリシャの不況はさらに22%深刻化する。また失業率は現在の22%から34%に悪化し、現在2%のインフレ率は30%に跳ね上がる[17]

ギリシャのシンクタンク、経済産業調査財団(IOBE)によると、新ドラクマはユーロの半分またはそれ以下の価値にしかならない[15]。これはインフレーションを誘発し、ギリシャの一般的国民の購買力を低下させるもので、同時に国の生産力も落ち、この5年で増加した失業率はさらに増加し、輸入製品の価格は天井知らずとなって多くの人の手の届かないものとなってしまう[15] アナリストのバゲリス・アガピトス(Vangelis Agapitos)は、新ドラクマのインフレ率は通貨価値の下落に連動して導入後すぐに40%から50%となると試算した[15]。アガピトスはさらに、ドラクマの価値の下落を止める為、金利は30%から40%に上昇するとの分析し[15]、人々は住宅ローンなどローンの支払いが不可能となることからギリシャ国内の銀行の破たんを避けるために銀行は国有化されるだろうと予測している[15]

経済産業調査財団(IOBE)のリサーチ部門長アゲロス・ツァカニカス(Aggelos Tsakanikas)は、支払が滞るなどして犯罪が増加すると予見し、「街中で戦車や暴力を目にしたり、道端で飢える人がいるようになるということではないが、犯罪は確実に増える」と述べている[15]

ユーロ圏及び国際経済への影響[編集]

仏大手金融機関ソシエテ・ジェネラルのストラテジー部門長(Head of equity strategy)クラウディア・パンセーリ(Claudia Panseri)は、もしギリシャが2012年5月下旬に無計画にユーロ離脱をすれば、ユーロ圏の株価は50%急落[18]、緊縮財政と消費の低迷でユーロ圏の企業収益は2割から3割減少するものとみている[18]ドイツ銀行によれば、欧州が2010年の世界の貿易額に占める割合は25%に達し[18]、特に中国・アメリカにとって欧州は最大の貿易相手国であることから、欧州が経済不況に陥れば、世界中に波及し、経済成長率は世界中で鈍化し得る[18]

恩恵としての通貨暴落[編集]

ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンは、ギリシャがドラクマを復活させれば、導入の約1,2年後その通貨の減価によってギリシャ経済が回復に向かうであろうと述べる[19]。ギリシャの観光業は、自国通貨安になることでより多くの観光客を呼び寄せることができるであろう。このような輸出主導型の景気回復の例としてアイスランドがあげられる。2008年のリーマンショックと世界金融危機の後にアイスランドは債務不履行となった。その翌年は実質6.5%のマイナス成長となったが[20]、自国通貨アイスランド・クローナが暴落した。デフォルト以前は1ドル60アイスランド・クローナであったが、これが1ドル125アイスランド・クローナまで暴落した。この通貨暴落はアイスランドの輸出を後押しし、例えば観光業においては2011年に56万人の観光客を呼び寄せた[21] [22]。2013年には約3.3%の実質経済成長を記録するなど、順調に経済が回復している[20]

  ギリシャの実質経済成長率(%)[20]
  スペインの実質経済成長率 (%)
  アイスランドの実質経済成長率 (%)

離脱時期[編集]

米国FRBの元議長であるアラン・グリーンスパンは、ギリシャのユーロ圏離脱は不可避であり、それが最善の政策であると皆が認識するのは時間の問題だと述べる。財政統合でもユーロ圏の問題は解決せず、政治的統合が必要だとグリーンスパンは述べる[23] [24]

脚注[編集]

  1. ^ Grexit - What does Grexit mean?”. Gogreece.about.com (2012年4月10日). 2012年5月16日閲覧。
  2. ^ Buiter, Willem. “Rising Risks of Greek Euro Area Exit”. Willem Buiter. 2012年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月17日閲覧。
  3. ^ “Huge Sense of Doom Among ‘Grexit’ Predictions”. CNBC. http://www.cnbc.com/id/47350056 2012年5月17日閲覧。 
  4. ^ Ross, Alice. “Grexit and the euro: an exercise in guesswork”. Financial Times. http://ftalphaville.ft.com/blog/2012/05/14/998631/grexit-and-the-euro-an-exercise-in-guesswork/ 2012年5月16日閲覧。 
  5. ^ Boot, Alexander. “From 'Grexit' to 'Spain in the neck': It's time for puns, neologisms and break-ups”. 2012年5月16日閲覧。
  6. ^ Grexit Greek Exit From The Euro”. Maxfarquar.com. 2012年5月16日閲覧。
  7. ^ a b Peter Apps (2012年5月21日). “焦点:ギリシャのユーロ離脱は大混乱、新紙幣の印刷すら難しく”. ロイター. http://jp.reuters.com/article/idJPTYE84K03B20120521?sp=true 2012年6月12日閲覧。 
  8. ^ Heath, Allister. “Grexit will happen much more quickly than politicians think”. City A.M.. http://www.cityam.com/latest-news/allister-heath/grexit-will-happen-much-more-quickly-politicians-think 2012年5月16日閲覧。 
  9. ^ Apps, Peter (2012年5月20日). “Birth of new Greek drachma would be pained, rushed”. Reuters. オリジナル2012年5月30日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/682bAoMgf 2012年5月30日閲覧。 
  10. ^ a b c Randow, Jana; Thesing, Gabi (2012年5月23日). “War-Gaming Greek Euro Exit Shows Hazards in 46-Hour Weekend”. Bloomberg News. オリジナル2012年5月30日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/682b2UcmN 2012年5月30日閲覧。 
  11. ^ a b Angela Merkel will be responsible for a Greek exit from the eurozoneD. Marans, The Huffington Post, 29 June 2015
  12. ^ a b The euro was doomed from the startN. Lamont, The Daily Telegraph, 20 June 2015
  13. ^ a b ILO, Yearbook of labour statistics, Country profiles (2009)
  14. ^ a b c OECD, Government at a Glance (2011)
  15. ^ a b c d e f g h Hadjicostis, Menelaos (2012年5月25日). “Greece’s euro exit a recipe for hardship”. The Hamilton Spectator. オリジナル2012年5月30日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/682f7B1PV 2012年5月30日閲覧。 
  16. ^ Wallop, Harry (2012年5月29日). “De La Rue silent on deal to print Drachma”. The Daily Telegraph. オリジナル2012年5月31日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/684n3fIxI 2012年5月31日閲覧。 
  17. ^ Tagaris, Karolina (2012年5月29日). “Biggest Greek bank warns of dire euro exit fallout”. Reuters. オリジナル2012年5月30日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/683XQVtva 2012年5月30日閲覧。 
  18. ^ a b c d Barnato, Katy (2012年5月25日). “Greek Exit Could Trigger 50% Fall in Euro Stocks: Analyst”. CNBC. オリジナル2012年5月30日時点によるアーカイブ。. http://www.webcitation.org/682h2Yiz8 2012年5月30日閲覧。 
  19. ^ Grexit and the Morning AfterP.R. Krugman, The New York Times, The Conscience of a Liberal, 25 May 2015
  20. ^ a b c OECD, National Accounts of OECD Countries detailed tables 2006-2013, Volume 2014/2
  21. ^ In European crisis, Iceland emerges as an iland of recovery The Wall Streat Journal, 21 May 2012
  22. ^ Iceland starts torecover its voice after financial crisis The Guardian, World, 23 Nov 2012
  23. ^ Greenspan predicts exit from euro inevitavle BBC, News, 8 Feb 2015
  24. ^ Alan Greenspan says Greece will have to leave eurozonePress Association, 8 Feb 2015