カール・エッケルト

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カール・エッケルト
Karl Eckert
Karl Anton Eckert.jpg
基本情報
出生名 Karl Anton Florian Eckert
出生 1820年12月17日
出身地 War ensign of the German Empire Navy 1848-1852.svg ドイツ連邦
プロイセン王国の旗 プロイセン王国 ポツダム
死没 1879年10月14日(満58歳没)
ドイツの旗 ドイツ帝国
プロイセン王国の旗 プロイセン王国 ベルリン
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者
作曲家
ピアニスト
担当楽器 ピアノ

カール・アントン・フロリアン・エッケルトKarl Anton Florian Eckert, 1820年12月17日 - 1879年10月14日)は、ドイツ指揮者作曲家

略歴[編集]

幼少より楽才を発揮し、1832年カール・フリードリヒ・ツェルターの援助により13歳でピアニストとしてデビュー。長じて指揮に転向、ベルリン宮廷歌劇場の総監督を経て、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、シュトゥットガルト宮廷歌劇場総監督等を歴任した。1879年没。作曲家として、いくつかの歌曲または歌劇を遺している。

作品[編集]

  • 『女漁師』(1830年
  • 『ニュルンベルクのケートヒェン』(1837年
  • 『シャラータン』(1840年
  • 『ヴィルヘルム・フォン・オラニーエン』(1846年

リンク[編集]

IMSLP - 国際楽譜ライブラリープロジェクト内のカール・エッケルトのページ。無料で楽譜PDFが入手可能。

ポスト[編集]

先代:
フリードリヒ・キュッヘン
シュトゥットガルト宮廷歌劇場
総監督
1861年 - 1867年
次代:
カール・ドップラー