ウル・ナンム法典

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ウル・ナンム法典(ウル・ナンムほうてん)は、メソポタミア文明ウル第三王朝・初代王ウル・ナンムによって発布された法典紀元前1750年頃のものとされるハンムラビ法典よりおよそ350年程度古く、影響を与えたと考えられる、(現存する)世界最古の法典とされる[1]

概要[編集]

アッカド王朝滅亡後の動乱期を抜けてシュメール第3の繁栄が始まる時勢にあった、ウル・ナンム在位中の紀元前2115年頃 - 紀元前2095年頃シュメール語によって粘土板に記されたである。

ウクライナ生まれの歴史家であるサミュエル・ノア・クレーマーen)が1952年、最初の断片2個を発見して解読。のちに発見されたものと併せて1965年には、全57条中の残存する32条が解読された。ニップルウルから断片が出土しており、序文のほぼ全文と条文が復元されている[2]

後世のハンムラビ法典の特徴が「目には目を、歯に歯を」の一節で知られる同害復讐法であるのとは異なり、ウル・ナンム法典では損害賠償に重点が置かれている。殺人窃盗傷害姦淫離婚農地の荒廃などについての刑罰が規定されており、特に、殺人・強盗強姦姦通極刑に値する罪と見なされた。

シュメルには鋳造貨幣(コイン)はなかったため、損害賠償は銀の秤量貨幣によって行われた。制定されている損害賠償のによる取引単位は、シェケル(シェケル〈シェ、she〉 - ギン〈gin〉 - マナ〈mana〉)である。

出典[編集]

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  1. ^ 小林登志子『シュメル 人類最古の文明』159頁
  2. ^ 小林登志子『シュメル 人類最古の文明』160頁

参考文献[編集]

  • 小林登志子『シュメル 人類最古の文明』中央公論社〈中公新書〉、2005年。

関連項目[編集]