アサクサノリ

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アサクサノリ
Asakusanori-tamagawakakou-P2220015.jpg
多摩川河口に自生するアサクサノリ
分類
ドメ
イン
: 真核生物 Eukaryota
階級なし : アーケプラスチダArchaeplastida
: 紅色植物門 Rhodophyta
: 紅藻綱 Rhodophyceae
: ウシケノリ目 Bangiales
: ウシケノリ科 Bangiaceae
: アマノリ属 Pyropia
: アサクサノリ P. tenera
学名
Pyropia tenera (Kjellman) N. Kikuchi, M. Miyata, M. S. Hwang et H. G. Choi[1]
和名
アサクサノリ
英名
Nori

アサクサノリ(浅草海苔、学名Pyropia tenera)は、ウシケノリ科アマノリ属に分類される紅藻海藻で、海苔の1種。「ノリ」「アマノリ」などの地方名がある[2]。内湾や河口の潮間帯において、イネ科ヨシ属の多年草のヨシ(Phragmites australis (Cav.) Trin. ex Steud.) 、牡蠣殻、木の杭などに着生し成長する。食味が良好で重要な食用種となっている。

分布[編集]

野生種は東アジアの一部(北海道から本州の太平洋側[3]、瀬戸内海、四国、九州、中国大陸沿岸の一部、朝鮮半島)に分布する[2]。分布南限は九州南部[3][4]。沿岸水質の悪化や埋め立て、河口部の環境変化、水質汚濁により減少した[3]

特徴[編集]

葉状体は主に倒披針形で、雌雄同株体と雄性体がある。葉状体は、葦や木の杭など着生し9月下旬頃から生育しはじめ、12月〜2月頃に最も成熟する。夏の高温期は貝殻などに穿孔して糸状体で過ごす。

養殖[編集]

前年の9月から10月に採苗し育成する、収穫期は2月から3月。

江戸時代

17世紀末から18世紀初頭の東京湾(当時、江戸湾)で始まったとされる[5]。人為的な養殖は、干潟にひびと呼ぶ木の枝を立て自然着生させ収穫する方法で行われた。

寛政11年(1799年)『日本山海名産図会』広島牡蠣蓄養之法[6]法橋關月作。手前がひび建で、カキとともにノリ養殖も行われていた[7]

日本各地に広がり、安政年間には気仙沼湾でも養殖が行われていたとの記録が残っている[8]

現代
かつて行われたひび立て法による養殖の様子

初期は野生種からの天然採苗で養殖された[9]。ノリの生活環の解明[10]とともに技術が進歩し[11]、1960年代までには陸上作物の様に肥料を与える方法も開発された[12]

1970年代中頃までは、浅瀬に支柱を立て支柱間に天然種苗苗を着生させるための網を張る「支柱式」と呼ばれる方法で行われた[13][14][15]

1960年代以降は陸上水槽で育成した人工種苗苗網に着生させ[16]、沖合に海苔網を浮かせる「浮き流し式」による養殖技術が確立されると、1970年代に機械化やスサビノリと合わせた養殖海苔の生産量が急拡大した。浮き流し式は網が常に海中にあるため黒っぽい色の海苔が収穫される。

多収性のアサクサノリの変種であるオオバアサクサノリ (Porphyra tenera var. tamatsuensis Miura)[17][9]の養殖も行われたが、「生育が悪く収穫量が少ない」[9]「病気に弱い」[18]「生産方法によっては品質劣化する」[9]などの問題により、1960年代以降収穫量が多く耐病性のある別種のスサビノリから選抜育種されたナラワスサビノリ(Pyropia yezoennsis f. narawaensis に取って代わられ[9]激減した。しかし、2000代以降に復活を目指す動きが始まり、2007年絶滅危惧種として評価されたことから再び注目され、千葉県船橋漁協などが江戸前浅草海苔復活[19]させる活動行っている。この動きは他の養殖ノリ産地にも広がっている[20]

オオバアサクサノリ
(Porphyra tenera var. tamatsuensis Miura
愛媛県西条市玉津で分離育成された選抜品種。野生種のアサクサノリと比較して、病気に強く収穫量が多い。

保全状況評価[編集]

絶滅危惧I類 (CR+EN)環境省レッドリスト[21]

Status jenv CR+EN.jpg


日本の環境省のレッドリストでは、1997年版の初版から絶滅危惧I類に評価されている[22]

1998年の調査では全国で 4箇所のみの生育地が報告されていた[23]が、2002年には 8箇所の報告がされた。2000年代前半には東京湾内の個体は絶滅したと考えられていたが、多摩川河口域において2004年から2005年にかけて実施された調査で、ごく少数の個体が限られた場所で生育していたことが2006年に報告された[24]。その後、日本各地で調査が行われ、2012年時点で 32箇所の生育地が報告されている[25]

2013年 DNA解析を行った結果、スサビノリと自然交配した雑種が存在していることが報告された[25]

浅草海苔[編集]

アサクサノリの和名は岡村金太郎による。名の由来は、江戸浅草で採取、販売、製造されたため、など諸説ある。 徳川家康が江戸入りした頃の浅草寺門前で、和紙の技法で板海苔としたものが販売されていたため『浅草海苔』と呼ぶようになったとされる。浅草は漉返紙の産地としても知られ、享保年間には紙抄きの技術を取り入れた抄き海苔も生産されるようになった。

江戸時代隅田川下流域で養殖された江戸名産のひとつで、東京湾は昭和初期まで日本一の海苔生産地であった[26]。「江戸前海苔」、「本場海苔」とも呼ばれ、海苔の種類の中では、味、香り共に一級品であるが、養殖に非常に手間がかかり、また、傷みやすく病気にもかかりやすいため養殖が難しく、希少であり、高級品である。

採取年代は古く「元亀天正の頃」と記す書物もあるが、永禄から天正年間には浅草は海から遠ざかっており、徳川家康の入府(1589年)以後の江戸時代初期には干拓により海苔の採取が不可能になっている。下総国の葛西で採れた海苔などが加工されて販売されつづけ、消費地である江戸の市街地造成や隅田川の改修などにより浅草が市や門前町として発展すると評判が上がり、江戸の発展とともに「浅草」を冠せられるようになったと考えられている。

寛永15年(1638年)に成立した松江頼重毛吹草』には諸国の名産が列記されており、浅草海苔は品川海苔とともに江戸名産のひとつにあげられている[27]。また、江戸時代には高僧により食物の名が命名される伝承があるが、浅草海苔も精進物として諸寺に献上され、これが幕府の顧問僧で上野寛永寺を創建した天海の目に留まり命名されたとする伝承がある。

脚注[編集]

  1. ^ Sutherland et al.. “A NEW LOOK AT AN ANCIENT ORDER: GENERIC REVISION OF THE BANGIALES (RHODOPHYTA)”. J. Phycol. 47 (5): 1131-1151. doi:10.1111/j.1529-8817.2011.01052.x. 
  2. ^ a b アサクサノリ 東京都島しょ農林水産総合センター
  3. ^ a b c 渡邉裕基、寺田竜太、熊本県産天然アサクサノリ配偶体の光合成に対する光と温度の影響 (PDF) 日本藻類学会 藻類 第61巻 第3号 2013年11月10日, p.141-
  4. ^ 寺田竜太、日本最南端の海苔養殖とアサクサノリ 藻類 第60巻 第3号 2012年11月10日
  5. ^ 石井光廣、長谷川健一、松山幸彦、東京湾のノリ生産に影響を及ぼす環境要因:栄養塩の長期変動および最近の珪藻赤潮発生 (PDF) 水産海洋学会 水産海洋研究 2007年 72巻 1号 p.22-
  6. ^ 名産図会 1799, p. 27.
  7. ^ 名産図会 1799, p. 26.
  8. ^ 赤坂義民、「各地のノリ場と養殖法」 宮城県 水産増殖 1957年 4巻 4号 p.82-83, doi:10.11233/aquaculturesci1953.4.4_82
  9. ^ a b c d e 阿部真比古、小林正裕、玉城泉也 ほか、ATP6遺伝子に関連したミトコンドリアDNA部分塩基配列を用いた変種オオバアサクサノリ Porphyra tenera var. tamatsuensis の判別について(予報) 水産増殖 56(4), 497-503, 2008-12-20
  10. ^ のりの生活史 佐賀県有明海漁業協同組合
  11. ^ 吉田忠生、養殖アサクサノリの着生密度と収量との関係 東北区水産研究所研究報告 (32), 89-94, 1972-03, NAID 120005522193
  12. ^ 三浦昭雄、ノリ養殖における施肥の方法 水産増殖 1957年 4巻 4号 p.43-48, doi:10.11233/aquaculturesci1953.4.4_43
  13. ^ 須藤俊造、東京湾を主とした養殖ノリの種類 水産増殖 1957年 4巻 4号 p.28-32, doi:10.11233/aquaculturesci1953.4.4_28
  14. ^ 海苔の生産についての基本知識 本井海苔
  15. ^ 多田邦尚、藤原宗弘、本城凡夫、瀬戸内海の水質環境とノリ養殖 分析化学 2010年 59巻 11号 p.945-955, doi:10.2116/bunsekikagaku.59.945
  16. ^ 月舘潤一、海藻類増養殖 日本水産工学会 水産土木 1984年 20巻 2号 p.53-58, doi:10.18903/fishengold.20.2_53
  17. ^ 杉山瑛之、片山勝介、篠原基之、タンク採苗におけるオオバアサクサノリとナラワスサビノリの殼胞子の着生時刻について 水産増殖 1972年 20巻 1号 p.37-43, doi:10.11233/aquaculturesci1953.20.37
  18. ^ 新崎盛敏、アサクサノリの腐敗病に関する研究 日本水産学会誌 1947年 13巻 3号 p.74-90, doi:10.2331/suisan.13.74
  19. ^ 江戸前浅草海苔復活
  20. ^ 三重のアサクサノリ養殖復活に向けた取組 三重県 伊勢あさくさ海苔保存会
  21. ^ 哺乳類、汽水・淡水魚類、昆虫類、貝類、植物I及び植物IIのレッドリストの見直しについて(2007年8月3日)
  22. ^ 植物版レッドリストの作成について(1997年8月28日)
  23. ^ 三浦昭雄、「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」 日本水産資源保護協会 日本の希少な野生水生生物に関するデータブック, 298-299, 1998, NAID 20001423919
  24. ^ 菊地則雄、二羽恭介、「東京湾多摩川河口干潟における絶滅危惧種アサクサノリ(紅藻)の生育状況とその形態」 日本藻類学会 藻類 54(3), p.149-156, 2006-11-10, NAID 10018651963
  25. ^ a b 大西舞・菊地則雄・岩崎貴也 ほか、絶滅危惧I類に指定されている紅藻アサクサノリの集団遺伝構造 藻類 第61巻 第2号 2013年7月10日
  26. ^ 第24回 江戸前海苔に栄光あれ 『全国一の海苔生産地~「江戸前海苔」とも、「本場海苔」とも呼ばれ、最高級品として珍重~』
  27. ^ 『毛吹草』には諸本が存在するが、『毛吹草』(岩波文庫 黄-200-1 校訂者:竹内若 発行所:岩波書店 発行:1943年(昭和18年)12月10日)では、169頁の「武蔵国」の項目には海苔は見当たらない。「下総国」の項目に「葛西苔 カサイノリ」があり「是ヲ浅草苔トモ云」とある。なお「安房国」の項目にも「小湊苔」「ハバ苔」「生家ノ紐苔」などの苔(海苔)が見られ、各地に展延法で乾燥して作られたと思われる海苔が存在したことが分かる。

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]