音響兵器
音響兵器(おんきょうへいき)とは音波を投射することにより対象物を破壊、あるいは対人において戦闘能力を奪うことを目的とする兵器である。ただ、非破壊・非殺傷性のものでは出力を調整する事で、音響装置(スピーカー)としても兵器としても利用可能な物もあり、その解釈が若干曖昧である。
概要
これに類する装置のアイデアは古く、音響装置を用いて破壊力や殺傷力・もしくは心理的ダメージを目的とした兵器などは、1960-1970年代に旧ソビエト連邦が低周波を利用した物を実用化したとする説も見られる。しかしこの旧ソ連の低周波兵器は、存在はおろかその情報自体が不明確であるため本記事では割愛する。
ただ、騒音を何らかの軍事的活動に利用した例はあり、ナチス・ドイツのユンカースJu87が固定脚の構造から図らずしもサイレンに似た音を発し、急降下爆撃時に爆撃目標周辺に恐怖心を引き起こしたのは有名で、後に威圧効果が認められて、空力式のサイレンが取り付けられたものもある。このほかV1飛行爆弾はジェットエンジンの構造から独特の飛行音を発生させたが、これが攻撃の標的とされたロンドン市民にストレスを与えている。
音波は通常、発生源から放射状に広がる波の性質を持つが、音響兵器となる物では兵器後方の味方にまで被害を出すわけにも行かないため、指向性を持たせるのが一般的で、これにより対象に何等かの影響を与え得る物とされる。
こと後述するような対人用で非殺傷性(生命に危険を及ぼさない)のものでは、転倒や打撲の危険がつきまとう高圧放水などよりも安全に暴徒を鎮圧することが期待されているが、大音圧に曝された場合(特に130dB SPL以上では瞬間的であっても)、2008年時点の医学では治療困難な音響性外傷や感音性難聴などの障害が残る可能性がある。
使用事例
LRAD
現用のものでは、American Technology Corporation製の長距離音響装置LRAD(Long Range Acoustic Device)と呼ばれるものがイラク駐留米軍に配備されるとの報道が2004年にあり、[1]メーカー発表によると300台以上配備されている。米軍が大量に配備している他、世界各国の軍隊・警察・消防機関に導入されている。
この装置はモデルによるが、直径80cm程度の椀型か四角形をしており、重量は30kg前後で、有効範囲にある対象に向け作動させる事で、攻撃の意欲を無くさせる効果もある。これは暴動などの際に催涙ガス(催涙弾など)を使用すると呼吸器疾患のある者が重体となったり死亡する危険性があるため、これに代わるものとしての利用が期待されている。ただしその一方で、断続的に強力な音波を照射された場合、聴覚障害の危険性があることも示唆されている。このため運用面では、制圧目的の場合には一度に数秒程度とし、連続照射を前提としていないことがメーカー側から示されている。
この装置は、指向性を持っているため距離の離れた限られた範囲内に音声メッセージを明確に伝えることにも利用でき、例えば災害発生時に相手側に無線受信機がなくても被災者に適切な指示を伝えたり、群衆の中の特定集団にのみ指示を出す(廻りの人間の妨げに成らない)事も可能である。
兵器の戦場での運用や成果は一般に報道されにくいものだが、2005年11月5日、エジプトからケニアへの航海途上にあった米国の民間・商用豪華客船がソマリア沖で武装海賊の襲撃を受けた際、長距離音響装置(LRAD)で海賊を撃退したことが報じられた
また、2009年2月7日に報じられたところでは、調査捕鯨船に対して抗議船による体当りなど、過激な妨害活動を行っているシー・シェパードに対し、日本の調査捕鯨船団が2009年2月からLRADを用いて、同団体の接近を阻止することに成功している。管轄する水産庁側は、事前に警察庁などと協議し、国内、国際法のいずれにも抵触しないことを確認し、違法性は無いとしている。抗議船船長は「この装置により妨害活動に集中することが困難になったことを認めざるを得ない」とコメントしている[2]ため、期待された効果を発揮しているようである。
前述のように、スペースに余裕のある民間の大型船が、テロリストなどの接近を妨害するため、搭載している例がある。今後は非殺傷性を生かし、武装が難しい民間向け自衛装置[3]として利用が拡大する可能性がある。
スクリーム
なおイスラエルでは同国の陸軍が「スクリーム(叫び)」と呼ぶ、車載型の音響機器を使用して人に不快感や平衡感覚喪失を一時的に発生させる装備を採用、2005年にヨルダン川西岸のデモ隊追放に使用した[4]。
この装備は10秒間隔で断続的に不快音を発生させる物で、人の平衡感覚を司る内耳に作用する周波数だという。ただこれも長時間照射では健康被害を与える危険性も指摘されている。
水中音響装置
構想中のものでは、水中で音波を発信、複数のスピーカーから出力された音波をアクティブフェイズドアレイの原理により衝撃波として、艦船に向かってくる魚雷の信管を誤作動させ、これを破壊しようと言う計画もある[5]。
脚注
- ^ 米軍がイラクに投入する新たな非殺傷兵器は「音」 WIRED.jp 2004年3月8日
- ^ シー・シェパードに「音のビーム」 捕鯨船が海賊対策の装置を初使用 MSN産経ニュース 2009年2月7日
- ^ 前述のAmerican Technology Corporationでも、兵器ではなく民間向けのセキュリティ用品として販売している
- ^ 被災地や戦場で利用、遠くまで明瞭な音を伝える音響装置2005年9月5日 WIRED VISION(日本語)
- ^ Sonic Torpedo Defense Slashdot Mon Oct 10, 2005(英語)
参考文献
- 装置使用の米客船ソマリア沖で成果 海賊撃退に大音量作戦 東京新聞 2008年4月23日