緊縮財政政策

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緊縮財政政策もしくは緊縮財政(英:austerity measures, fiscal consolidation, fiscal austerity)とは、政府支出の削減や増税といった手段で政府の財政を均衡させる試みのことである[1][2]

緊縮財政政策の類義語として収縮的財政政策(contractionary fiscal policy)があげられる。緊縮財政においては公的支出が縮小され、具体的には公務員の人員削減や給与カット、インフラストラクチャー投資への予算削減などが行われる。消費税など間接税の増税も行われる。研究や教育への政府支出の削減の結果として、研究プロジェクトの規模縮小や学費の値上げも起こる。実体経済に与える打撃が大きい故、不況下における緊縮財政の施行は危険である。性急な緊縮財政を行ったために経済がさらに悪化し、企業の売上が落ち法人税収や所得税収が減少する。また失業率が悪化するので、増えた失業者分だけ政府によるフードスタンプ失業手当の支払いが増える。名目GDPの成長不全となり、政府債務対GDP比率は大きくなる。それらの結果として政府の財政状況は改善されない[3]。経済が停滞している状況下で緊縮財政を行うと長期的な財政の均衡は達成されない。数年後の経済成長率も悪化させてしまいかねない。これらの意味で緊縮財政政策は逆効果となる[4]

家計と政府財政の混同

緊縮財政政策の推進者らは政府の負債を家計のクレジットカードの請求書に喩えたがる。彼らの意図は、政府の財政拡張が利払いの増加を促すために国が破綻するのだとするシナリオを人々に植えつけることである[5]。 政府財政を家計と混同して議論することはナンセンスである。なぜなら政府は徴税だけでなく、債券の発行、紙幣増刷、さらには経済成長(による増収)によって資金調達できるからである[6]。政府が借金を拡大させて投資をすれば、経済成長が起こりGDPが拡大して公的債務対GDPは減少する[5]

自国通貨建ての債務で政府が債務不履行になることはありえない。例えばFRBの議長を務めたアラン・グリーンスパンも述べるように米国政府は通貨発行権限を有し、債務不履行に陥る確率はゼロである[7]セントルイス連邦準備銀行も同様のことに言及している。

節約のパラドックス

個人レベルで合理的なことが全体レベルで非合理となる場合があり、マクロ経済学では散見される。例えばメアリーは毎日マクドナルドでハンバーガーを買うとする。そのメアリーが節約指向となってハンバーガーを週一個買う程度になったとする。メアリー個人は節約によって貯蓄を毎週拡大させる。しかしながらメアリーが実践したことを全員が実践したらどういうことが起こるだろうか。マクドナルドに客が来なくなって収益が落ち、従業員に給料を払えなくなるので解雇しなければならなくなる。マクドナルドはハンバーガーをつくるために取引先の会社から肉やケチャップやパンを買っていたが、それを控えざるを得なくなる。その取引先はマクドナルドに肉を売れなくなり、取引先の商売にも影響を及ぼすのである[8]

無駄遣いを控えるというメアリーの合理的行動によって個人レベルではメアリーの貯蓄は拡大する。だが全員が節約指向となると、全体の需要が落ち込み不景気となるのである。節約のパラドックスである[8]

国家の経済活動はどうだろうか。大きく分けて3つの部門が国家の経済活動に参加する。政府や地方自治体など公的セクター、家計や企業など民間セクター、そして海外セクターである。海外セクターは貿易などを介して国家の経済活動に影響を与える。議論を簡単にするために輸入額と輸出額が釣り合っているとする。この場合、政府が国債を発行して赤字を拡大させると、その国債を買うのは民間セクターであるから民間セクターの黒字が拡大する。公的セクターの赤字(の絶対値)と民間セクターの黒字(の絶対値)は等しくなる。政府が赤字を増やすほど、家計・企業部門の黒字が増えていくのである[8]。もちろんここでは議論を単純化しており、現実には政府の発行した国債を中央銀行が買い取ることもあれば、海外投資家らが国債を買うこともある。だが議論の本質は変わらない。政府が増やした赤字はその他の経済参加者の黒字を増やすことになるのである。

ノーベル賞受賞者ポール・クルーグマンも述べるように、誰かの支出はその他の誰かの所得になるのである[9]。よって全員が支出や負債を減らすと全員の収入や資産が減ってしまうのである。緊縮財政政策は政府の支出カットを目的とする政策であるから、その政策が民間部門の資産減少を招くことは想像に難くない。クルーグマンも指摘する所であるが、緊縮財政政策とは負債が経済活動において果たす役割を誤解することに端を発する政策とも言うことができる[9]

緊縮財政による凄惨

EUドイツは金融支援の条件としてギリシャに緊縮財政を強要している。2015年7月、トマ・ピケティらはアンゲラ・メルケルに公開書簡を出し、ギリシャの緊縮財政を停止するように求めた[10]。だがメルケルは全く応じない。

2015年の時点でギリシャの緊縮財政政策は既に6年めに突入している[11]。2015年度のギリシャの失業率は約25%であり、若年失業率にいたってはさらに深刻な状況である。 ギリシャの若い女性も仕事が無い。それらの女性達は食べ物を得るためであったり、税や請求書の支払いをするために 売春を余儀なくされる[12]

この大恐慌のために売春婦の数は2.5倍になった[13]。 ギリシャ危機当初は売春は30分あたり50ユーロだったが、2015年には約2ユーロにまで値段が下がった。ギリシャの若い女性がサンドイッチの値段で売春させられていることになる[11]

既婚女性は子供を学校へ行かせるお金どころか、朝食を食べるお金すら無いため、売春を余儀なくされる。そして状況はさらに悪化。危機が始まってから4年でHIVの感染者数が3倍になった[13]。 2012年ギリシャ政府はHIVに感染した売春婦の顔写真を公開した。 政府によるこの顔写真公開は、他の女性がHIVの検査をすることに消極的になるため、HIVのさらなる拡大を防ぐ効果が薄いと考えられている [13]

脚注

  1. ^ M. Denes et al, Staff Report, Federal Reserve Bank of New York, No. 551 (2012)
  2. ^ G. Eggertsson, German Economic Review 1(1) 1-18
  3. ^ Researchers finally replicated Reinhart-Rogoff, and there are serious problems Next New Deal, 16 Apr 2013
  4. ^ J. DeLong and L. Summers, Brokkings Papers on Ecnomic Activity, 233 (2012)
  5. ^ a b Unreliable boyfriends and other dreadful political metaphorsJ. Bloodworth, The Independent, 25 June 2014
  6. ^ Nation-states aren't households: debating their economies as if they are is stupidE. Glaser, The New Statesman, 9 Mar 2015
  7. ^ It Is Impossible For The US To DefaultJ. Harvey, Forbes, Leadership, 10 Sep 2012
  8. ^ a b c Teaching the Fallacy of Composition: The Federal Budget DeficitL. Randall Wray, New Economic Perspectives, 10 Aug 2009
  9. ^ a b Nobody Understands DebtP. Krugman, The New York Times, The Opinion Pages, 9 Feb 2015
  10. ^ Austerity has failed: An open letter from Thomas Piketty to Angela MerkelT. Piketty et al, The Nation, Europe, 7 July 2015
  11. ^ a b Young Greek women selling sex for the price of a sandwich, new study showsD. Deane, The Washington Post, Europe, 27 Nov 2015
  12. ^ Young women selling sex for the price of a sandwich in GreeceD. Deane, The Independent, 27 Nov 2015
  13. ^ a b c Prostitution: The hidden cost of Greece's economic crisisR. Reid, The Daily Telegraph, Women, 13 Nov 2015

関連項目