磁気記録

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磁気記録(じききろく、: magnetic recording)または磁気記憶(じききおく、: magnetic storage)は、データ磁気媒体に記録/記憶することを指す工学用語。磁気記録を行う電子媒体磁気媒体、磁気記録を行う装置を磁気記憶装置と呼ぶ。磁気記録は磁性体における様々な磁化パターンを使ってデータを格納することで、一種の不揮発性メモリを形成している。情報へのアクセスには1つ以上の磁気ヘッドを使う。2009年現在、ハードディスクドライブに代表される磁気記憶装置はコンピュータ記憶装置としてだけでなく、音声ビデオ信号の記録にも広く使われている。コンピュータ分野では「磁気記憶」、音声やビデオの分野では「磁気記録」と呼ぶことが多い。これらの間に技術的な区別はほとんどない。

歴史

世界初の磁気記録は1888年、オバリン・スミスが公表した針金への録音技術だった。彼は1878年に特許を申請したが、どちらかというと機械工具が専門だったため、この技術をそれ以上追求することはなかった。世界で初めて一般公開された磁気記録のデモンストレーションは1900年のパリ万博で行われたもので、1898年にヴォルデマール・ポールセンが発明した磁気録音機である。ポールセンの機械は円筒に巻きつけた針金に信号を記録するものである。1928年、フリッツ・フロイメル英語版は世界初の磁気テープレコーダーを開発した。その後、化学メーカーBASF社の協力によるテープ材質の改良(アセテート樹脂)と、1938年の永井健三、五十嵐悌二、同時期のドイツの国家放送協会ヴァルター・ヴィーベルHans-Joachim von Braunmühlドイツ語版、アメリカのマーヴィン・カムラス[1]による交流バイアス方式英語版の発明で、1939年~1941年までに音質が飛躍的に改善され、実用に耐える長時間高音質録音が可能となった。1975年東北大学教授の岩崎俊一により、より高密度の記録が可能な垂直磁気記録方式が提案された。初期の磁気記録装置はアナログの音声信号を記録するよう設計されていた。コンピュータ用や最近の音声/ビデオの磁気記録装置はデジタルのデータを記録するものが多い。

古いコンピュータでは一次記憶装置にも磁気記録を採用していた。例えば、磁気ドラムメモリ磁気コアメモリコアロープメモリ薄膜メモリ英語版ツイスターメモリ英語版磁気バブルメモリなどがある。また、最近のコンピュータとは異なり、磁気テープも2次記憶装置としてよく使われていた。

磁気記録の方式

アナログ方式

アナログ記録は、磁性体の残留磁化は磁化したときの磁場の強さによって強弱が変化するという事実に基づいている。磁性体は通常テープ状であり、初期状態では消磁されている。記録(録音)時、テープは一定速度で流れていく。書き込みヘッドに信号に比例した電流を流すと、それによってテープが磁化される。すると、磁気テープに沿って磁化分布が形成される。最終的に磁化分布はヘッドで読み出され、元の信号が復元される。磁気テープは一般に、ポリエステルフィルムのテープ上にプラスチックバインダー(接着剤)に磁性体粉末を混ぜたものを塗布して作る。磁性体粉末としては、酸化鉄、クロム酸化物、金属などの粒子で0.5μm程度の大きさのものがよく使われる[2]。アナログの録音/録画は広く使われていたが、過去20年の間に徐々にデジタルに置換されていった[3]

デジタル方式

アナログ記録での磁化分布生成方式とは異なり、デジタル記録では安定な2つの磁気状態だけを必要とする。それはヒステリシスループの +Ms と -Ms である。デジタル記録の例として、フロッピーディスクやHDDがある。デジタル記録方式は現在の主流でおそらく今後も主流となる。

光磁気方式

光磁気記録方式では読み書きに光を使う。書き込む際には、レーザーで磁気媒体を局所的に熱し、それによって強制的かつ素早く磁性を失わせる。次に磁場をかけることで磁化させる。読み出すときは、磁気光学カー効果を応用する。磁気媒体は一般に非結晶(アモルファス)の R-FeCo の薄膜である(Rは希土類元素)。光磁気記録はそれほど広くは採用されていない。一番広く普及したのはソニーが開発したミニディスクである。

磁区伝播メモリ

磁区伝播メモリ (Domain Propagation Memory) は磁気バブルメモリとも呼ばれる。基本となる考え方は、微細構造の入り乱れた磁気媒体で磁区壁の動きを制御することである。バブルとは、安定な円柱状磁区を意味する。情報はバブル磁区の有無で記録される。磁区伝播メモリは衝撃や振動に強く、宇宙開発や航空機でよく使われている。

水平磁気記録方式

水平磁気記録方式(すいへいじききろくほうしき)は、磁化膜に対し磁気異方性を水平になるよう磁性体を配置し、磁化する記録方式。磁気ディスクにおいて長らく使用され続けている方式である。面内記録方式ともいう。他に垂直磁気記録方式、回転磁気記録方式などがある。

磁界方向が向き合っているため隣接した磁区同士で反発や吸引を引き起こし、高密度化すると磁力の減衰が起こってしまう問題がある。

垂直磁気記録方式

垂直磁気記録方式(すいちょくじききろくほうしき)は、磁化膜(磁性体)に対して垂直に磁化する記録方式。1975年当時東北大学教授の岩崎俊一により、従来の水平磁気記録方式に対する優位性が提唱された。六角板状バリウムフェライトなどの磁性体を使った垂直磁気記録テープは1970年代後半に実用化された。また1980年代にはMOで採用、近年では磁気ディスク、特にハードディスクドライブにも採用されはじめている。

技術的詳細

アクセス方法

磁気記録媒体は、逐次アクセスメモリランダムアクセスメモリに分類できるが、その区別は必ずしも明確ではない。磁気ワイヤの場合、磁気ヘッドはその表面のごく一部にしかアクセスできない。ワイヤの他の部分にアクセスするには、ワイヤを巻き取って進めたり戻したりして必要な部分がヘッドの位置に来るようにしなければならない。そのため、ある特定の箇所にアクセスするのにかかる時間は、現在位置からの距離に依存する(したがって逐次アクセスメモリである)。磁気コアメモリの場合は全く異なり、いつでも任意の箇所のコアにアクセスできる(したがってランダムアクセスメモリである)。

ハードディスクや最近のリニアサーペンタイン方式の磁気テープ装置は、厳密にはどちらにも分類できない。どちらも多数のトラックがあり、複数の磁気ヘッドはトラック間を移動するのに若干時間がかかるし、トラック内の必要な箇所がヘッド位置に来るまでも若干時間がかかる。したがって、磁気媒体の位置によってアクセス時間は異なる。ハードディスクではこの時間はだいたい10ms以内だが、磁気テープでは100秒ほどかかることもある。

交流バイアス

磁気記録媒体に塗布されている磁性体には特有のヒステリシスがある為、50kHzから200kHzの交流信号を重畳して録音することで見かけ上直線性を持たせる。録音バイアスを次第に大きくしていくと出力も大きくなるが、ある点からは逆に出力は低下をしはじめる。この最大出力が得られるときのバイアスをピークバイアス値という。ダイナミックレンジ、ひずみS/Nなど最もバランスのとれた状態になるのは、このピークバイアス時の出力からテープ出力が0.5dBから1dB低下するあたりとされている。これが最適バイアス値である。ピークバイアス値より高い場合をオーバーバイアス、低い場合をアンダーバイアスという。[4][5]直流バイアスもあるがダイナミックレンジ、ひずみS/N等が交流バイアスには及ばない。フェライトテープやメタルテープ等、テープの磁性体によってヒステリシス特性が異なるのでそれぞれ適したバイアスをかける。

利用状況

2008年現在、ハードディスクを中心とする磁気記憶装置はコンピュータの大容量記憶装置として使われ、アナログの音声/ビデオの記録には磁気テープが使われている。ただし、音楽/ビデオ制作の大部分はデジタルシステムに移行しており、ハードディスクがその分野でも急激に広まりつつある。デジタルテープテープライブラリは、大容量記憶装置として記録保管用やバックアップ用によく使われている。フロッピーディスクは古いコンピュータやソフトウェアが必要としているため、最小限の利用が見られる。他にも、銀行の小切手(MICR)、クレジットカードやデビットカード(磁気ストライプ付きカード)などに磁気記録が用いられている。

将来

新たな磁気記録方式としてMRAMが登場している。これはGMR効果に基づいて磁気ビットにデータを格納する方式である。不揮発性で低消費電力であり、衝撃にも強いという利点がある。しかし、記録密度はHDDよりかなり低く、少容量で頻繁に更新される記憶装置としては有望とされている。また、TMR効果に基づいた新たなMRAMでは、素子の微細化が可能になるとして、研究が盛んに行われている。

関連項目

脚注・出典

  1. ^ アメリカ合衆国特許第 2,351,004号
  2. ^ Magnetic Tape Recording ジョージア州立大学
  3. ^ E. du Trémolete de Lacheisserie, D. Gignoux, and M. Schlenker (editors), Magnetism: Fundamentals, Springer, 2005
  4. ^ [1]
  5. ^ [2]

外部リンク