急性骨髄性白血病

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急性骨髄性白血病の所見を示す骨髄液。矢印の先にかろうじて見える棒状のものはアウエル小体と呼ばれるもので急性骨髄性白血病の多くで見られるものである。

急性骨髄性白血病(きゅうせいこつずいせいはっけつびょう、英 acute myelogenous leukemia, AML)とは白血病の一種で、骨髄系の造血細胞腫瘍化し、分化成熟能を失う疾患である。(ICD-10: C92.0)

概要

正常な造血細胞は造血幹細胞から分化を始めた極初期にリンパ系と骨髄系の2系統に分かれ、それぞれ成熟していくのだが、白血病はいわゆる「血液のがん」であり、その中でも細胞が成熟能を失うものを急性白血病と呼び、さらに急性白血病の中で白血病細胞に骨髄系への分化(それは早い段階までで止まり、正常に成熟することはないのだが)の傾向が見られるものを急性骨髄性白血病と言う[1]

急性骨髄性白血病では白血病細胞は分化・成熟能に異常を来たし、白血病細胞は造血細胞の幼若な形態をとることから、芽球とも呼ばれる。急性骨髄性白血病は白血球が増える病気ではなく、白血球の幼若細胞に似た病的細胞(芽球)が増える病気なので、血液検査で正常な白血球が増えていても急性骨髄性白血病の心配は要らない。

誤解されがちであるが、白血病細胞は正常な造血細胞と比べて増殖(細胞分裂)が速いわけではなく、逆に増殖の速度は遅いのである[2]。しかし、正常な成熟した血液細胞は寿命があり、また血液細胞産出の段階でも正常な造血は適切なコントロールを受けるので一定の数を保つのだが、白血病細胞はコントロールを受けることなく増殖を続けるために時間経過と共に無制限に数を増し、骨髄中で正常な造血細胞を圧倒して正常な造血を阻害し、骨髄中にも収まりきれなくなって末梢血にもあふれ出てくるのである[1][2]

白血病細胞が増殖して骨髄を占拠してしまうために正常な造血細胞が骨髄から追い出されて正常な血球が作れなくなり、赤血球白血球血小板が減少するために出血、易感染症、貧血などの諸症状をおこし、また、末梢血にあふれ出た白血病細胞が各臓器に浸潤(侵入)して各臓器の組織を破壊することで様々な症状を引き起こす[1]

なお、急性白血病が慢性化した疾患が慢性白血病ではない。この両群の発生機序は基本的に異なり、急性白血病が慢性化することはないが、逆に慢性白血病が急性化することは少なからずある[1]

症状

受診のきっかけとなる初期症状としては、

などがある。

健康診断で数値異常を指摘され、発見される場合もまれにはある。早期発見すれば当然症状も軽度であり、診断までの期間が遅れるほど白血病細胞は増加して初期症状の強さがまし、脾臓、肝臓やリンパ節などに浸潤して臓器腫大をきたし、様々な症状が現れるようになる[1]

診断

通常、症状が出る段階になれば血液検査にて貧血血小板減少が認められ、病院における標準的な血液検査さえ行えば健康人の末梢血では見られないはずの芽球が出現していることが多く、血液中に芽球が出現していれば専門医でなくとも白血病を疑うのはさほど難しくはない。ただし、血液中に芽球が出現する疾患、あるいは骨髄で芽球が正常より増える疾患は急性骨髄性白血病だけではなく、したがって2008年WHO分類では骨髄中の芽球の割合が20%以上と定義している。急性骨髄性白血病では症状がでる段階まで進んでいると、すでに体内の白血病細胞の総数は膨大なものになっているので、血液内科専門医を緊急に受診する必要がある。通常は診察を担当した医師がすぐさま血液専門医に紹介を行い血液専門医のいる病院に緊急に転院させる。血液専門医は白血病が疑われる場合、すぐに骨髄検査および遺伝子検査などを行い、診断を確定する[1]

治療

診断確定後はすぐに入院し、複数の抗がん剤を用いての化学療法寛解導入療法)を行いまずは寛解を目指す。寛解導入療法終了後、状態が落ち着けば地固めおよび強化療法・維持療法を繰り返し行い白血病細胞の根絶を目指す。予後不良が予想される病型や再発例には化学療法だけでなく造血幹細胞移植も検討される。急性前骨髄球性白血病 (AML-M3) 以外の型では 寛解導入剤として アントラサイクリン(ダウノルビシン)あるいは イダルビシン 3日間 と シタラビン(キロサイド)7日間の併用療法が一般的である。これで血液学的には白血病細胞が見られなくなった状態になれば完全寛解 CR とされる。しかし、血液学的に白血病細胞が見られなくなっても白血病の大本である白血病幹細胞は隠れて存在し、そのままでは再発するので、隠れた白血病幹細胞の根絶を目指す地固め療法を行う。地固め療法は アントラサイクリン, シタラビンに加え, エトポシドやビンカアルカロイドを加えた併用化学療法, あるいはシタラビン大量療法を行う。完全寛解の状態が5年続けば再発の可能性は低く治癒とみなしてよいとされている[1]

造血幹細胞移植では、致死量をはるかに超えた大量の抗がん剤と放射線[註 1]によって白血病幹細胞を含めて病的細胞を一気に根こそぎ死滅させることを目指す(前処置という)。しかし、この強力な治療によって正常な造血細胞も死滅するので患者は造血能力を完全に失い、そのままでは患者は確実に死亡する。そのためにHLA型の一致した健康人の正常な造血幹細胞を移植して健康な造血システムを再建してやる必要がある[3][4]

しかしこの方法(通常移植の前処置)はあまりに強力なため、体力の乏しい患者や高齢者は治療に耐えられない。そのためミニ移植という手段もある。ミニ移植では前処置の抗がん剤投与や放射線治療はあまり強力にはしない。その為に白血病幹細胞は一部が生き残る可能性は高いが、移植した正常な造血システムによる免疫によって残った白血病幹細胞が根絶されることを期待する。ただし、ミニ移植でもかなり強力な治療には違いないので、すべての患者が適応になるわけではない[5]

急性前骨髄球性白血病(AML-M3)のみ治療法はまったく異なりオールトランスレチノイン酸(ATRA)による分化誘導療法が用いられる(参考記事)。この薬剤の登場により, M3はAMLのなかで最も予後良好な群となった. しかし,治療中にレチノイン酸症候群と呼ばれる急激な白血球増加とARDS様の呼吸不全が生じることがあるため、予防として抗がん剤アントラサイクリンを併用する。不幸にもレチノイン酸症候群が発症してしまった場合は副腎皮質ホルモンを投与する。なお、ATRA治療中は、絶対にトラネキサム酸を投与してはいけない(参考記事)。急性前骨髄球性白血病(AML-M3)が再発してしまった場合には亜ヒ酸が著効することが知られている[1]

疫学

急性骨髄性白血病の発症率は年間人口10万人あたり3-4人と考えられている[6][7]ので年間人口10万人あたり500人強罹患[註 2]するがん全体の中では稀ながんである[8]。しかし、他のがんは青年者ではほとんど罹患しないので青年者のがんの中では急性骨髄球性白血病はもっとも頻度が高く、また青年者の死亡のなかで急性骨髄性白血病による死亡は事故死についで多い[9]

とはいえ急性骨髄性白血病は若年者も発症するものの、高齢者の発症率はより高い為、人口の高齢化とともに発症率は増加している[6][7]

病型分類

骨髄の中には造血幹細胞から種々の血球に分化していく途中の細胞があり、それらの内のどの段階の細胞が腫瘍化したかによるFAB分類 (French-American-British criteria) に基づいてM0-M7の病型、およびそれらの亜型に分類される。FAB分類は染色を用いた顕微鏡的観察に基づくものである。近年は分子遺伝学的な観点に基づいたWHO分類が用いられてきている(下記参照)。

FAB分類

腫瘍細胞の形態を重視し、それに細胞化学染色(ペルオキシダーゼ染色等)を組み合わせて判断する。近年は細胞表面マーカーも診断に用いられるようになっているが、あくまで補助的なものと考えるべきである。M0、M7以外はミエロペルオキシダーゼ (MPO) 陽性である。

M0 急性骨髄球性白血病、未分化型
最も未分化なタイプであり、MPO陰性。CD13・CD33陽性。全体の5%(成人)。
M1 急性骨髄芽球性白血病
芽球が90%以上。
M2 分化傾向を持つ急性骨髄芽球性白血病
t(8;21)、(q22;q22)転座が代表的な遺伝子異常。t(8;21)のものは化学療法の感受性が極めて高い。成熟傾向のある顆粒球系細胞が10%以上存在。AMLの中では比較的予後良好。
M3 急性前骨髄球性白血病 (APL)(ICD-10: C92.4)
前骨髄球腫瘍前骨髄球は、血液を凝固させるトロンボプラスチンという物質に似たトロンボプラスチン類似様物質を大量に持つため、大量のがん化した前骨髄球が壊される際に大量のトロンボプラスチン類似様物質が血中に漏れ出し、激烈な播種性血管内凝固 (DIC) を伴うことが多いため、脳出血などによる早期の死亡リスクが高く、注意を要する。
血液検査では、白血球中に多く含まれるミエロペルオキシダーゼ (MPO) が細胞の分裂と破壊の亢進により高値になる。白血球数は正常な場合も多く参考にならないが、骨髄の白血球分画を見ると、骨髄細胞が増えすぎて過形成を起こしていたり、アズール顆粒と言うトロンボプラスチン類似様物質を前骨髄球の細胞質中に認めたりする。また、アズール顆粒が集まり融合するとアウエル小体と呼ばれる針状の構造を形成する。特に多量のアウエル小体を前骨髄球中に認める場合、ファゴット細胞 (faggot cell) と呼ばれる。
治療は、ビタミンA製剤である全トランスレチノイン酸 (all-trans retinoic acid, ATRA) の投与による分化誘導療法を行う。予後は、分化誘導療法での完全寛解、および長期生存が期待でき、AMLのなかでは良好な部類に属する。レチノイン酸症候群(白血球上昇を伴うARDS様呼吸不全)の予防として抗がん剤を併用することが多い。またレチノイン酸症候群が発症した場合は副腎皮質ホルモンを用いる。なお、ATRA投与例に対しては、トラネキサム酸(トランサミン)は絶対に投与してはいけない(参考文献)。
染色体異常として、15番染色体と17番染色体の相互転座(t(15;17)と表す)と呼ばれる現象が認められる。t(15:17)(q22;q21)はPML-レチノイン酸レセプター (RARα) 異常を来す。PML/RARαは正常RARと異なりコリプレッサーと解離しにくいが、ATRA投与により解離し、転写が進行し、APL細胞は分化を開始する。
なお、2004年10月、再発例、および難治性の症例を適応として、三酸化二ヒ素(亜ヒ酸)製剤が厚生労働省から承認された。
M4 急性骨髄単球性白血病 (AMMoL)
M4Eoではinv(16),t(16;16)転座が代表的な遺伝子異常。化学療法の感受性が高い。
M5 急性単球性白血病 (AMoL)
骨髄有核細胞中で単級系が80%以上を占める。特異的エラスターゼは陰性であるが、非特異的エラスターゼが強陽性となることが多い。11q23(MLL遺伝子)の異常を伴うものがある。
M5a
単芽球が単球細胞の80%以上を占める未分化型場合。MPO陰性であることもある。
M5b
単芽球が単球細胞の80%未満の時。
M6 赤白血病
骨髄有核細胞中赤芽球が50%以上あり、赤血球を除いた細胞中で骨髄芽球が30%以上を占めるもの。
M7 急性巨核芽球性白血病
白血病細胞は小型で偽足様突起を持つ。MPO陰性であるが、PPO、CD41、CD61陽性。予後は極めて不良。

WHO分類

近年では、血液腫瘍疾患における病態生理の分子レベルでの解明に従い、分類の再構成が試されてきた。その結果、2000年にはWHO造血器・リンパ組織・腫瘍分類が発表された。WHO分類では急性骨髄性白血病は大きく以下の四つに分けられる。

再現性のある染色体転座を伴うAML (AMLs with recurrent cytogenetic translocations)
t(8;21)(q22;q22) 転座を持つAML
FAB分類のM2の一部
急性前骨髄球性白血病 (Acute promyelocytic leukemia)
FAB分類のM3。転座t(15;17)がみられる
骨髄中の好酸球増加を伴うAML(AML with abnormal bone marrow eosinophils)
FAB分類でのM4Eoに相当する。inv(16)(p13;q22),t(16;16)(p13;q22)転座がみられる
11q23MLL異常を伴うAML (AML with 11q23 abnormalities)
多系列の異形成を伴うAML (AML with multilineage dysplasia)
骨髄異形成症候群由来のAML
骨髄異形成症候群由来でないAML
治療関連性のAMLと骨髄異形成症候群 (AML and myelodysplastic syndromes, therapy-related)
アルキル化薬によるもの
投与後5~6年で骨髄異形成症候群をへて急性骨髄性白血病へと移行する。
Epipodophyllotoxinによるもの
他に分類できないAML (AML not otherwise categorized)
FAB分類のM0,M1,M2,M4,M5,M6,M7やその他が含まれる。治療や予後を考える上ではさほど重要ではない分類であったため、残りはここにすべて含まれた。

脚注

註釈

  1. ^ 施設や状況によって異なるが、標準的な前処置では放射線を2Gy×6回で計12Gyと同時に抗がん剤のシクロホスファミドを120mg/体重1kgあたりを投与、あるいはブスルファン12.8mg/kgとシクロホスファミドを120mg/kgを投与するが-出典、豊嶋『造血幹細胞移植』p.60-63、放射線6Gyだけでも致死量と言われ-出典がんサポート情報センターブスルファン12.8mg/kgとシクロホスファミドを120mg/kgも致死量をはるかに超えている。放射線量や抗がん剤の量を増やすほど再発の可能性は低くなるが治療関連死は増える。-出典、豊嶋『造血幹細胞移植』p.60-63
  2. ^ 罹患と発症は違う物で、その病気にかかったら症状が無くとも罹患、病気にかかって症状が出たら発症である。ただし、急性骨髄性白血病では罹患率と発症率には大きな差はないのでここでは明確には区別していない。

出典

  1. ^ a b c d e f g h 国立がん研究センター・白血病2011.04.16閲覧
  2. ^ a b 浅野『三輪血液病学』p300
  3. ^ http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCI/index.html 国立がん研究センター・造血幹細胞移植]2011.06.09閲覧
  4. ^ 愛知県がんセンター・造血幹細胞移植の基礎知識2011.06.09閲覧
  5. ^ http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCI/mini_transplant.html 国立がん研究センター・造血幹細胞移植ミニ移植] 2011.06.09閲覧
  6. ^ a b 杉本『内科学』p.1651
  7. ^ a b 小川『内科学書』p.118
  8. ^ 財団法人がん研究振興財団・部位別がん粗罹患率2011.04.27閲覧
  9. ^ 愛知県がんセンター・白血病の発生率2011.04.27閲覧

参考文献

書籍

  • 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修 『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6
  • 小川聡 総編集 『内科学書』Vol.6 改訂第7版、中山書店、2009年、ISBN 978-4-521-73173-5
  • 杉本恒明、矢崎義雄 総編集 『内科学』第9版、朝倉書店、2007年、ISBN 978-4-254-32230-9

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