多発性硬化症

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多発性硬化症
概要
診療科 神経学
頻度 Lua エラー モジュール:PrevalenceData 内、28 行目: attempt to perform arithmetic on field 'lowerBound' (a nil value)
分類および外部参照情報
ICD-10 G35
ICD-9-CM 340
OMIM 126200
DiseasesDB 8412
MedlinePlus 000737
eMedicine neuro/228 oph/179 emerg/321 pmr/82 radio/461
Patient UK 多発性硬化症
MeSH D009103

多発性硬化症(たはつせいこうかしょう、: multiple sclerosis; MS)とは中枢性脱髄疾患の一つで、脊髄視神経などに病変が起こり、多様な神経症状が再発寛解を繰り返す疾患である。日本では特定疾患に認定されている指定難病である。

疫学

中枢性脱髄疾患の中では患者が最も多い。北米北欧オーストラリア南部では人口10万人当たり30〜80人ほど罹患しているが、アジアアフリカでは人口10万人当たり4人以下で、人種によって罹患率に大きな差があることが特徴である。南米南欧、オーストラリア北部はその中間である。全体としては高緯度のほうが罹患率は高く、日本国内でも北海道と九州では北海道のほうが高い。日本での有病率は増加してきており、10万人あたり8 - 9人、人口辺り約12,000人程度であることが2006年神経免疫班会議で報告されている。

罹患のピークは30歳頃であり、約80%が50歳までに発症する。また女性に多い。

原因

さまざまな説が唱えられているが未だ原因は不明である。このうち遺伝自己免疫ウイルスなどの感染の可能性が高いと思われている。

遺伝
アジア・アフリカ系と欧米系で罹患率が大きく異なることから遺伝的要因が示唆されている。罹患率の高い地域に住む先住民の罹患率が高いわけではないということは遺伝説を支持する要因だが、罹患率の少ないとされる日本人やアフリカ原住民でも、有病率の高い地域に移住した場合、その発病頻度が高くなることが知られている。家族内での発症は決して高いわけではなく、複数の遺伝子が発症に関わると思われている。
感染
再発と寛解を繰り返すという病態からウイルス感染が疑われている。しかし、今まで報告されたウイルスは数多くあるものの、どれも特異的な関連ははっきり示されてはいない。
自己免疫
根拠は不十分であるものの、免疫異常を疑わせる所見がいくつか見られる。以下にその一例を示す。

日本をはじめとするアジア地域では、視神経と脊髄を病変の主体とする比較的症状の重い視神経脊髄型多発性硬化症が多いとされてきたが、2004年に多くの視神経脊髄型多発性硬化症の血液中に特異的な自己抗体が存在することが発見された。その後、この自己抗体はアクアポリン4(AQP4)という水チャンネルを認識することがわかり、容易に測定可能となった。現在、視神経脊髄型多発性硬化症は欧米の視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica)と同一病態と考えられている(下記項目も参照のこと)。

分類

自然経過から多発性硬化症は再発寛解を繰り返す再発寛解型MS(RRMS:relapseing-remitting MS)と発症当初から慢性進行性の経過をたどる一次性進行型MS(PPMS:primary progressive MS)に大別される。再発寛解型MS(RRMS)の約半数は発症後15~20年の経過で再発がなくても次第に障害が進行するようになり二次性進行型MS(SPMS:secondary progressive MS)という名称となる。再発は炎症過程を示しており進行は変性過程を示していると考えられている。欧米白人ではRRMSが80~90%でありPPMSが10~20%を占めるが日本人ではPPMSは5%前後である。RRMSとPPMSは治療に対する反応性の違いから異なる疾患とする立場と、長時間の自然経過の観察に基いてRRMSもPPMSも同じような年齢で同様な障害度に進行することから、1つの疾患の異なる表現型とする立場がある。EDSSスコアで4に達するまでの期間(進行のスピード)は病型によって異なるがスコア4からスコア6に至る期間は病型は再発の有無に関係なく一定である。スコア6にはPPMSでは49歳、RRMS/SPMSでは48歳であり、スコア8に達するのはともに58歳である。

  RRMS PPMS
MSに占める頻度 85~90% 10~15%
性比(男:女) 1:2~3 1:1
平均発症年齢 30歳 40歳
主たる症候 脊髄(感覚優位)、視神経、脳幹症候 痙性対麻痺、小脳性運動失調
脳MRI上のGd造影病変 よくあり 少ない
早期の脊髄萎縮 まれ あり
髄液OBの頻度 90% 80%
経過(車椅子生活までの期間の中央値) より遅い(33.1年) より早い(13.4年)
IFNβ治療効果 あり なし

MSの障害は年齢に依存し、RRMSでは初回発作からの完全回復率は高齢者では若年者より有意に低下する。MSの予後不良因子としては男性、高齢発症、PPMS、初発の運動症候、小脳症候、膀胱直腸障害の存在、再発間隔の短さ(年間再発率の高さ)、病初期の再発の多さ、初期からの障害の残存、より多くの神経機能障害、発症5年後の障害度の高さとMRI lession loadの多さがあげられる。

良性型MS(benign MS)
良性型MSの定義は一様ではないももの発症5~10年後にEDSSスコア3点以下のものは10~20年後に障害を呈するリスクが極めて低いといわれている。しかし発症10年後にEDSS3.0以下であっても約半数が認知機能障害をおこすといった報告や発症10年後にEDSS3.0点以下であっても20年後にEDSSが3.0以下のものは半数であり、20%はEDSS6.0以上となり歩行に補助が必要なレベルという報告もある。経過は必ずしも軽症のまま推移するとは限らない。
急性(劇症型)MS
大脳、脳幹、脊髄などの多彩な症状が2~3週間のうちに出現し昏睡など顕著な意識障害をきたし数週間から数ヶ月のうちに寛解をみることなく死に至る、劇症の経過をとるMSである。剖検例では急性散在性脳脊髄炎と異なり比較的大きな典型的なMSの肉眼的脱髄斑が多数認められる。アフェレーシスが有効なことが多く救命例の報告が増えてきつつある。

症状

MSは寛解と再発を繰り返す中枢神経系の炎症性脱髄を主として軸索変性を伴う疾患である。MSは中枢神経系脱髄疾患のなかで最も多く、炎症、脱髄、グリオーシスを三主徴とし寛解、再燃、進行性の経過をとる。突然健康な若年成人を主として侵す疾患であり、時に発症数週間から数ヶ月間疲労、脱力感、筋痛、関節痛がみられることもある。発症は急激なこともあれば気が付かないまま進行していることもある。初発時の発症様式は脳卒中のように数分から数時間で急激に発症する場合が20%ほどにみられる。30%で1日から数日間かけて症状が進行し、さらに20%では数週から数ヶ月間かけて症状が進行する。発症があきらかでないまま徐々に症状が進行し数ヶ月から数年にかけて慢性または間欠的に症状が進行するものもある(PPMS)。発症の誘因としては何もないことが多いが誘因として過労、ストレス、感染などが上げられている。また妊娠中は再発が少なく、出産後に再発することが多い。前駆症状がない場合が多いが、時に頭痛、発熱、感冒様症状、悪心、嘔吐などが10%程度に認められる。また過呼吸や動作時などに急に構音障害や失調症、手足のしびれや痒みなど突発性発作が現れることがある。

MSの初発症状は脱髄病巣の部位によって多彩である。神経学的所見では無症状であると考えられた部位にも異常が認められることがある。実際に自覚症状が片側であっても、神経学的所見では両側に異常が認められることもある。四肢のしびれは初期のMSでは50%ほどに認められる。背下部の鋭い痛みは病変部位との関連は不明であるがよく認められる。日本では視力低下が最も多く、上下肢の運動麻痺、四肢頸部体感などのしびれ感がこれにつぐ。発症の状態は1~3日で神経症状の完成する急性ないし亜急性が多い。全経過中に出現する頻度は視力低下や視神経萎縮が多い。MSでは中枢神経障害に基づく症候であればどんなものでも出現しうる。欧米に比べると日本人では急性横断性脊髄障害の頻度が高く、逆に失調症や企図振戦の頻度は低い。視神経炎が両側に起こり失明に至るような顕著な視力低下を呈する場合にはMSよりも視神経脊髄炎の可能性が高い。MSと診断された後は多くの神経症症候が定期的に生じうる。全身型のMSではおよそ半分くらいに視神経炎、脳幹、大脳、脊髄障害の症状や徴候が様々な程度呈してくる。30~40%位に四肢に深部異常感覚や脊髄性失調がおこる(脊髄型)。小脳型または延髄橋小脳型は5%にくらいにしかみられない。

レルミット徴候
頚髄が障害された場合には頸部を他動的に前屈させると肩から背中にかけて脊柱にそって下方へ放散する電気ショック様の痛み(電撃痛)がはしる。これをレルミット徴候という。
視神経炎
MSの25%に初期症状として球後性視神経炎がみられる。視力の低下、視野の異常、中心暗点が特徴的である。
複視
複視は眼筋麻痺で生じ、核間性眼筋麻痺または外転神経障害によって生じる眼球運動障害である。MSでは核間性眼球麻痺が両側性に生じるのが特徴である。このほかにMSでよくみとめられる注視麻痺には水平性注視麻痺、一眼半水平注視麻痺症候群(one and a half syndrome:水平性注視麻痺と同側の核間性眼筋麻痺)、後天性振子様眼振などがある。
Uhthoff徴候
Uhthoff(ウートフ)徴候とは長時間の入浴、熱い食べ物の摂取、炎天下の外出などの結果、視力低下や筋力の低下など麻痺症状が発現あるいは悪化することである。Uhthoff徴候自体が初発症状となることもある。これはすでに伝導効率が低下している傷害された神経が体温上昇に伴ってさらに伝導効率が悪化するためと考えられており、通常は冷却することで回復する。
急性脊髄炎(横断性脊髄炎)
MSの場合は脊髄炎は左右非対称に生じ、不完全であることが多い。急性脊髄炎のみがみられその他の脱髄性病変が示唆されたない場合には全身性エリテマトーデス混合性結合組織病抗リン脂質抗体症候群による可能性も考慮する、
四肢の筋力低下
痙縮
感覚障害
Uldryらの検討[1]では脊髄病変と感覚障害の対応は46.4%で対応があり、14.2%はおそらく対応するとしながらも全体として画像上のプラークと症候を結びつけるとは困難と報告している。特に感覚障害の分布がポリニューロパチーのパターンをとる偽多発神経炎型の存在も知られており[2]末梢神経障害も鑑別にあがる。背部痛や有痛性強直性痙攣(painful tonic spasm)の発作があらわれることある。
小脳失調症
眼振、断綴性言語、企図振戦はシャルコーの三主徴として知られている。
膀胱直腸障害
認知機能障害
疲労

検査

MRI

多発性硬化症(MS)の月ごとの経時的変化、脱髄巣が高信号(白色)で見える。
(オリジナルがイタリア語)Gen: 1月、Feb: 2月、Mar: 3月、Apr: 4月、Mag: 5月、Gui: 6月、Lug: 7月、Ago: 8月、Set: 9月、Ott: 10月、Nov: 11月、Dic: 12月

2010年改訂McDonald診断基準においてMSの診断においてMRIの重要性がますます高まった。診断目的の場合は造影MRIを加える事でより早期診断ができる可能性がある。無症候性Gd増強病変と非造影病変が同時に認められた場合はは1回のMRIで時間的多発性(DIT:dissemination in time)の証明ができるようになった。最初のMRIから時期を問わないフォローアップMRIにて新規T2延長病変またはGd増強病変を認めた場合もDITの証明が可能になった。空間的多発性(DIS:dissemination in space)においてもMRIは重要な役割を果たす。脳室周囲(periventricular)、皮質近傍(juxtacortical)、テント下(infratentorial)、脊髄(spinal cord)の4領域のうち2つ以上の領域においてそれぞれ1個以上のT2延長病変を認めれば空間的多発性を証明したことになる。なお脳室周囲と皮質近傍に病変ができやすい。

MRIの撮影条件としてはテント上病変はT2WIよりもFLAIR画像の方が優れているが脳幹と基底核のMS病変はFLAIRよりもT2WIの方が優れている。MSにおけるMEI上の病変のひとつにovoid lessionがあげられる。これは楕円形の病変であり脳室に対して垂直に存在しDawson's fingerと呼ばれる。確認するにはFLAIR画像の矢状断が最も適している。病巣の活動性の評価のためしばしば造影MRIが施行される。open ring signはMSに比較的特異的とされる。MSの造影病変は4~6週間持続するが数ヶ月持続することはなく、脳膿瘍や脳腫瘍との鑑別になる。また造影病変はRRMSで多く見られPPMSでは少ない。T2WIで高信号を呈する病変の中にT1WIで低信号を示すものがありblack holeとよばれる。視神経炎を疑うときに冠状断MRIで死亡抑制T2WIで高信号に視神経が描出されることがある。視神経炎の活動性評価のために脂肪抑制GdT1WIを撮影することもある。MRSもよく用いられる。またMSを疑うときは脳MRIだけではなく全脊髄MRIも撮影する。神経症状の増悪を認めなくとも定期的なMRI撮影が必要である。画像上病変の増加が認められることがある。

注意するべきこととしてMRIで異常が認められなくともMSの再発は否定出来ない。髄液検査でも異常が見られないこともあり、症状から再発が強く疑われたときは画像所見、髄液所見の結果に関係なくステロイドパルスを思考するべきという意見もある。

髄液検査

2013年現在、MSに特異的な髄液中のマーカーは見つかっていない。髄液細胞数や蛋白は正常なことが多く、上昇しても軽度である。細胞数が極端に多い場合はむしろ他の疾患を考慮する。特に好中球が優位な場合は視神経脊髄炎が検討される。OCBやIgG indexは現在MS診断において最も用いられている髄液検査でありそれぞれ髄腔内でのIgG産出を質的、量的に評価するものである。欧米の報告ではMSのOCB陽性率は95%とされるが日本人では70%程度とされ陰性例の判断にも注意が必要である。OCB陽性例はCISならばMSへの移行率が高く、MSならば障害度の進行が早く予後予測の点でも重要である。MBPの測定もよく行われる。

オリゴクローナルバンド(OCB)
オリゴクローナルバンド(OCB)とは髄液を電気泳動し、免疫グロブリンを特異的に染色した際にγグロブリン領域に細く濃染する数本のバンドのことである。オリゴクローナルバンドの存在はある抗原に対して、とくに強い液性免疫応答が起こっていることを示している。特に同時採血した血清中に対応するオリゴクローナルバンドがなく、髄液で認められれば中枢神経内での抗体産出を意味する。オリゴクローナルバンドは脱髄疾患、感染症、末梢神経障害などで陽性となる。脱髄疾患には多発性硬化症や副腎白質ジストロフィー、感染症では各種髄膜炎、神経梅毒、亜急性硬化性全脳炎、進行性多巣性白質脳症、HAM、HIV-1感染症などで知られている。また脳血管障害やSLE、脳膿瘍などでも認められる。膠原病や梅毒、亜急性硬化性全脳炎などの感染症などの場合でオリゴクローナルバンド陽性の時は治療とともに消失していくのが特徴とされている。
ミエリン塩基性蛋白(MBP)
MBPはミエリンを構成する主要蛋白である。MBPの上昇は髄鞘の破壊の亢進を意味する。MBPが高値になる疾患としては、多発性硬化症、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、神経梅毒、脳炎各種、神経ベーチェット病、ギランバレ症候群、慢性脱髄性多発神経炎(CIDP)、HAM、頭部外傷、脳梗塞急性期、AIDS dementia complexなどが知られている。

神経生理検査

MSではMRIで描出されない潜在性病変の検出に誘発電位検査が有用である。視覚誘発電位体性感覚誘発電位、運動誘発電位が用いられる。複数の誘発電位検査を組み合わせることでMS病変の空間的多発性の証明に役立つ。

診断

MSは臨床症候やMRIによって炎症性脱髄によると判断される病変が時間的多発性(DIT:dissemination in time)と空間的多発性(DIS:dissemination in space)を呈する。急性増悪を繰り返す再発寛解型(RRMS)と発症時から急性増悪がなく1年以上にわたり徐々に病状が進行していく一次進行型(PPMS)はMcDonald基準によりMRI所見や髄液所見を考慮して高い精度で早期診断がすることが可能である。RRMSとして経過した後に慢性進行型に移行するSPMSはMcDonald診断基準では定義されていない。また2013年現在ではMSに特異的なバイオマーカーは知られておらずMSの診断には他疾患の除外が必要である。

MSの診断基準は1954年のAllisonの基準、1965年のSchumacherの基準、1983年のPoserの基準、1988年の厚労省の基準、2001年のMcDonald基準が知られている。McDonaldの診断基準は2005年と2010年に改訂がされている。McDonald基準の初版から変わっていない基本原則が4つ知られている。1つはMcDonald基準は中枢神経病変のDITとDISを証明するための基準であるということ。発作(増悪、再発)には定義がある。それは中枢神経症候が炎症性脱髄によると考えられ、患者の主観的な報告あるいは客観的な観察によるものであり24時間以上持続しpseudo-relapseや再発性でない突発性症候が除外されており、ある発作の発症と次の発作の発症の間隔は30日以上であることが必要である。なお病歴上の神経症状であって現在はその症状が見られない場合はMRIでそれに関連する病変の有無を検証する必要がある。診断はMS、possible MS(CIS)、non MSとなるということである。

CIS

中枢神経の1箇所以上の部位の炎症性脱髄病変により引き起こされた24時間以上持続する初回の神経症候をCIS(clinically isolated syndrome)という。通常は1箇所の中枢神経病変であり視神経炎による右眼視力低下などであるが2箇所以上の中枢神経病変が同時におき視神経炎と片麻痺が同時に起こることもある。その後、初発時と異なる病変に起因する神経症候が生じ、再発と判断されるとその段階で臨床的に時間的多発性および空間的多発性が確認されたことになり、臨床的に診断確実なMS(CDMS:clinically definite MS)となる。CISの時点で1個以上MS様病変あれば長期的には80%以上の症例が再発して臨床的に診断確実なMSとなる。CISの時点で全くMS様病変がない場合はMSへの移行は20%程度と報告されている。またCISの時点で脳MRIのT2延長病変が多いほど発症から20年後に歩行に補助を要するEDSS6.0に達する可能性が高くなる。CISに関してはMSの鑑別疾患に関する国際委員会の分類が有名である。type 5 CISはRIS(radiologically isolated syndorome)という。

分類 内容 MSへの移行率 
type 1 CIS 臨床的にmonofocalで1個以上の無症候性MRI病変あり 高い
type 2 CIS 臨床的にmultifocalで1個以上の無症候性MRI病変あり 高い
type 3 CIS 臨床的にmonofocalで無症候性MRI病変なし 比較的低い
type 4 CIS 臨床的にmultifocalで無症候性MRIなし まれ
type 5 CIS 脱髄性疾患を示唆する臨床症候はないがMRI所見はMSを示唆する 不明
部位 MSでよくみられるCISの特徴 MSで見られることもあるが頻度の低いCISの特徴 MSではほとんど見られない非典型的なCISの特徴
視神経 一過性視神経炎、眼球運動に伴う眼痛、部分的あるいは主に中枢性の視覚障害、正常の視神経乳頭あまたは軽度の視神経乳頭浮腫 両側同時発症の視神経炎、眼痛なし、無光覚、出血を伴わない中等度または重度の視神経乳頭腫脹、ぶどう膜炎(軽度、後部) 進行性視神経症、重度の持続性眼窩部痛、持続性の完全失明、神経網膜炎(macular starを伴う視神経乳頭浮腫)、ぶどう膜炎(重度、前部)
脳幹/小脳 両側核間性眼筋麻痺、小脳失調および複数の眼位でみられる眼振、外転神経麻痺、顔面の感覚低下 一側性核間性麻痺、顔面麻痺、顔面ミオキミア、難聴、一眼半水平注視麻痺症候群、三叉神経痛、発作性緊張性痙攣 完全外眼筋麻痺、垂直注視性麻痺、血管領域症候群、動眼神経麻痺、進行性三叉神経感覚障害、限局性ジストニア、斜頚
脊髄 非横断性脊髄症、レルミット徴候、求心路遮断された手、感覚低下、尿意切迫、尿失禁、勃起不全、非対称性進行性痙性対麻痺 完全横断性脊髄症、神経根症、反射消失、髄節性温痛覚消失、部分的ブラウンセカール症候群(後索障害なし)、便失禁、対称性の進行性痙性対麻痺 前脊髄動脈領域病変(後索のみ障害なし)、馬尾症候群、境界明瞭な全感覚の感覚レベルと限局性脊髄性疼痛、完全なブラウンセカール症候群、急性尿閉、進行性感覚失調(後索)
大脳半球 軽度の皮質下性認知機能障害、不全片麻痺 てんかん、半盲 脳症(鈍麻、錯乱、傾眠)、皮質盲

MSの病勢は発症早期はむしろ活発である。MSの発症早期には臨床症状が比較的軽症であるが病勢は高く、治療を遅らせるのは適切ではない。CISの時点で治療開始が望ましい。慢性進行型になると血液脳関門の破綻が就職され薬剤が到達しにくくなること、神経変性の要素が病態に加わり免疫学的治療薬の有効性が乏しくなることから早期介入が望まれる。

経過

RRMSの標準的な自然経過をまとめる。MSになりやすい素因は免疫系が形成される15歳までに獲得される。平均して30歳ころに臨床的に明らかな初回発作を起こし、再発、寛解を繰り返す。初発時にすでに複数の潜在的な脳MEI病巣を有することが多い。臨床的な発症に先行して潜在的な病巣の形成は多くの患者で生じている。再発は中枢神経系のどこでも生じうる。急性脱髄性炎症に伴う軸索の切断は早い時期から生じていることが病理学的に証明されている。中枢神経の可塑性や再髄鞘化により再発は病初期は回復しやすい。しかし次第に軸索障害が蓄積することにより再発後に後遺症を残すようになる。再発頻度は発症後数年が最も効率であり経過が長くなるにつれ年間再発率は自然に減少する。発症後15~20年の経過で再発がなくても障害が次第に進行するようになり二次性進行期にはいる。二次性進行期では進行性の障害をきたす病巣は中枢神経のどこでもおきるわけではなく、錐体路の遠位部に生じやすく痙性対麻痺が悪化していく形をとりやすい。ついで小脳が障害されやすく小脳性運動失調が次第に増悪する。二次性進行期はEDSS3.0レベルからすでにはじまっていると考えられている。平均寿命は一般人と同じ程度か10年ほど短縮する。死亡率も同年齢の一般人口より3倍程度高いが1950年以降、死亡率の増加は軽減されている。

長期予後を改善する病態修飾薬(disease modifying drug:DMD)の登場で機能予後も改善されつつある。

治療

治療に関しては日本神経学会の多発性硬化症治療ガイドライン2010が詳しい。

急性増悪期の治療

副腎ステロイド薬
多発性硬化症の急性期増悪期はステロイドパルス療法が推奨される。ステロイドパルス療法が無効なときはアフェレーシスを検討する。症状の改善が悪いときや重症の再発の場合は後療法としてプレドニゾロンを0.5~1.0mg/kg/dayの投与を行い2~3週間で漸減中止する。MSでは経口副腎ステロイド内服に再発予防効果はないが視神経脊髄炎(NMO)では経口副腎ステロイド内服と免疫抑制剤の併用が再発予防に有効と考えられている。定期的ステロイドパルス療法は多発性硬化症の脳萎縮の進行の抑制に有効である可能性がある。
アフェレーシス
アフェレーシスはRRMSの急性増悪期の治療として用いられる。ステロイド治療の効果が十分でない症例において早期から思考するべき治療である。PPMSでは適応はない。視神経脊髄炎の場合もステロイドパルスの効果不十分例はアフェレーシスを行う。

再発、進行防止の治療

長期予後を改善する薬剤を病態修飾薬(DMD)とよぶ。多発性硬化症においてはインターフェロンβがはじめてのDMDである。その後開発されたglatiramer acetateとあわせて第一世代DMDという。ミトキサントロンやナタリズマブを第二世代のDMDという。

インターフェロンβ(IFNβ)
インターフェロンβはTh1型の免疫応答をTh1抑制するTh2型へ偏倚させる作用(Th2シフトとよばれる)によって再発予防効果をもたらすと考えられている。しかしTh2細胞の産出するIL-4やIL-5は抗体産出の方向へ免疫応答を促進させるため自己抗体が関与する膠原病合併患者ではIFNβの積極的使用は推奨されていない。IFNβは糖鎖の有無によってIFNβ-1b(ベタフェロン®、隔日皮下注)とIFNβ-1a(アボネックス®、週1回筋注)がある。IFNβはMSの再発を予防し、身体機能障害の進行を抑制することが期待される。RRMSが最もよい適応であるが二次性進行性MSであっても臨床的あるいは画像上の再発を認める場合には治療効果がきたいできる。投与開始が早期であるほど、投与期間が長期であるほど高い治療効果が期待できる。RRMSならば再発率を約30%も低下させ、脳MRI上活動性病巣の出現も60~80%抑制し、臨床的に中等度以上の再発を約50%低下させる効果も示されている。CISに対してはIFNβ-1aでは2年以内のCDMSへの進展する割合が偽薬群で38.6%でありIFNβ-1a群では21.1%であり相対リスクを44%低下(p=0.002)させた(CHAMPS試験)。IFNβ製剤では容量に関しては一般的に天井効果があると知られている。有効性に製剤間で差がないとする報告が多い一方、高用量で高頻度のIFNβがより有効との報告もある。副作用としてはインフルエンザい様症状、注射部位反応、うつ状態、臨床検査値異常(白血球減少、リンパ球減少、肝機能障害が多い)、月経異常などが知られている。インフルエンザ様症状に関してはNSAIDsが有効で無効時は経口ステロイドを考慮する。検査値異常は投与開始後6ヶ月以内に出現し時間の経過とともに安定することがほとんどである。用量依存性であり少量より開始し有害事象の発現をみながら漸減することが推奨される。投与開始後1ヶ月は1~2週間ごとにその後は1~2ヶ月毎に血液検査を行うことが望ましい。自己抗体や甲状腺機能は3~6ヶ月毎の検査が望ましい。IFNβ治療は妊娠中は禁忌であり避妊が必要である。また小紫胡湯の併用で間質性肺炎がおこることがある。
IFNβ製剤は蛋白製剤であるため、IFNβに対する免疫応答の結果、中和抗体が出現することがある。出現頻度は製剤の種類や投与経路、投与間隔によって異なり、一般的にはIFNβ-1aよりもIFNβ-1b、筋注よりも皮下注、投与間隔が短いほど出現頻度が高い。IFNβで再発予防効果が乏しい時は中和抗体の影響を考慮する必要がある。
フィンゴリモド
フィンゴリモド(イムセラ®、ジレニア®)は多発性硬化症ではじめて経口内服で再発防止作用を発揮する薬剤である。フィンゴリモドは多発性硬化症患者の末梢を循環している自己反応性Tリンパ球をリンパ節内にとどめることで、その中枢神経への浸潤を抑制し中枢神経における炎症をおさえる。RRMSにおける再発予防効果はIFNβより高いとされている。注意するべき副作用には徐脈性不整脈、突然死、感染症、黄斑浮腫、肝機能異常がある。AQP4抗体陽性者では症状が悪化することがある。
免疫抑制剤
免疫抑制剤ではミトキサントロンの有効性は確立している。アザチオプリンシクロホスファミドメトトレキサートを用いた治験の報告もあるが効果は限定的である。
免疫グロブリン
免疫グロブリン大量療法が有効な例の報告がある。
分子標的治療薬
カンナビノイド
カナビスの主要活性成分であるテトラヒドロカンナビノールが進行を遅くする事を示唆する研究結果が得られたため、現在イギリス・プリモスのペニンスラ医科大学で493人の被験者に対し臨床試験が行われている。アメリカのかなりの数の州、カナダ、オランダなどではすでに多発性硬化症患者が医療大麻を使用することが合法になっている。[1]
骨髄移植

視神経脊髄炎

視神経脊髄炎(neuromyelitis optica: NMO)はかつて多発性硬化症の亜型(視神経脊髄型)として考えられていた疾患である。特徴として女性に多く、発症年齢が比較的高く、髄液細胞と蛋白の増加が比較的高度であるがオリゴクローナルバンドの陽性率は低い。頭部MRI所見が軽微、脊髄MRI所見が高度、高カルジオリピン抗体やMPO-ANCAなど自己抗体の発現頻度が高い。内分泌異常を伴いやすいという特徴がある。検査上抗AQP4抗体が特異度が高く(多発性硬化症では陽性にならない)、多発性硬化症よりも失明に至るような重篤な視神経炎を起こしやすいが、急性期の血漿交換療法(血液浄化療法)が有効である。このように、多発性硬化症とは異なる特徴が多いことから、現在では別疾患として扱われている。

フィクションにおける多発性硬化症

アメリカドラマ「ザ・ホワイトハウス」のバートレット大統領が多発性硬化症の持病を隠して選挙戦を戦い大統領に選ばれ、一期の途中に持病を生放送のテレビ番組で告白しスキャンダルとなる。アメリカ国民が抱いていた多発性硬化症という病気についての誤解や偏見を解いたドラマとして評価されている。 一方、同じくアメリカのドラマ『CSI:ニューヨーク』では多発性硬化症を患っているゲストキャラクターが「自分は死にかけている」と発言するエピソードがあるが、多発性硬化症は致死的な疾患ではなく、誤った描写である。

脚注

  1. ^ J Neurol. 1993 240 41-45. PMID 8423462
  2. ^ Clin Neurol Neurosurg. 1998 100 199-204. PMID 9822842

参考文献

関連項目

外部リンク