JOJO広重

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JOJO広重
基本情報
出生名 廣重嘉之
出生 1959年9月9日(52歳)
出身地 日本の旗 日本 京都府京都市
ジャンル ノイズミュージック
職業 ギタリスト
歌手
音楽評論家
音楽プロデューサー
実業家
占い師
担当楽器 ギター
ボーカル
活動期間 1974年 -
レーベル アルケミーレコード
事務所 アルケミーレコード
共同作業者 SLOTH
ULTRA BIDE
非常階段ほか多数

JOJO広重(ジョジョ ひろしげ、1959年(昭和34年)9月9日 - )は、日本ノイズミュージシャンギタリスト歌手音楽評論家スポーツカード専門家、占い師。本名、廣重 嘉之(ひろしげ よしゆき)。

京都府京都市出身。アルケミーレコード社長。ノイズミュージックを世界でほぼ初めて生みだしたとされるバンドのひとつ、非常階段の中心人物である[1]

目次

[編集] 概要・経歴

1974年頃から京都で自宅録音を開始。当初はカセットやオープンリールテープデッキでの多重録音作品の制作が多かったという。1977年即興演奏バンドSLOTHを結成。1978年アバンギャルドパンク・ロックバンド、ULTRA BIDEを結成。ライブハウスデビューした。

1979年ノイズバンド、非常階段を結成。ロックの可能性の大部分が試行され尽くした当時、「だれもやっていない、なんだかわからないもの」を求め、ノイズという独自の音楽を編み出したという[1]。当初は過激なライブパフォーマンスとノイズ演奏により関西アンダーグラウンド音楽界で名を馳せ、のちには1980年代日本のロック界、インディーズ界に多大な影響を与えた[要出典]

1984年インディーズレーベルアルケミーレコードを設立。主に関西の個性的なバンドを多数プロデュースし、CDDVDなど200タイトルを越える作品をリリースしている[2]

1997年、自らの歌とノイズというスタイルで、JOJO広重としての初のアルバム『君が死ねって言えば死ぬから』を発表。2002年以降は単独での活動と並行して、ベースドラムスを加えたバンド形式で演奏することが多くなる。ソロ活動としては、徹底して重く救いのない歌詞が多い。

現在はソロ、非常階段、セッションでの活動など、日本国内外でライブを行っている。特に三上寛とのデュオは幾度も行われ、さらに山本精一を加えたトリオ形態でのユニットもある。

2010年には非常階段結成30周年を記念し、広重の他、メンバーの美川俊治、JUNKO、コサカイフミオらのインタビューなどを編集した書籍『非常階段 A story of king of noise』が出版された。これに関して広重自身は、自らのノイズミュージシャンとしての活動を振り返り、「ノイズをアートにしたくない。偉くなりたくなかった。僕らは、昔のプロレスでいう反則レスラー。この本は、30年間アホでしたという記録です」と語っている[1]

スポーツカード専門家でもあり、1995年日本スポーツカード協会を設立、会長に就任。テレビ番組開運!なんでも鑑定団』にも鑑定士として本名で出演した[要出典]ほか、CS番組で『トレカ大作戦』という帯番組を持っていた[3]こともある。また世田谷区松原にあったJO'Sスポーツカードという専門店のオーナーでもあった。しかし本人自身はスポーツカードのコレクションはしていないらしい。また、断易占いも手掛けている。

[編集] 作品

[編集] アルバム

  • 君が死ねって言えば死ぬから (1997年)
  • みんな死んでしまえばいいのに (1999年)
  • このまま死んでしまいたい (2000年)
  • 怒鳴り散らすぼくの声はあまりにも小さい (2003年)
  • ぼくはもう歌わないだろう (2004年)
  • 生きてる価値などあるじゃなし (2005年)

[編集] ベストアルバム

  • 生きている価値なし〜the very best of Jojo Hiroshige (2002年)

[編集] その他のアルバム

[編集] 映像作品

  • こころの歌・最後の歌 (2005年)

[編集] 書籍

  • みさちゃんのこと-JOJO広重ブログ2008-2010- (天然文庫/2010年)
  • 非常階段-A story of king of noise- (K&Bパブリッシャーズ/2010年)

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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